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04宮城県

2018年4月18日 (水)

JR鳴子温泉駅 (宮城県大崎市)

宮城県大崎市のJR鳴子温泉(なるこ・おんせん)です

大崎市ではJR古川駅や鳴子御殿湯駅をupしていますが、今回は鳴子御殿湯の隣駅で鳴子温泉郷のメインともいうべき駅の御紹介です。

-JR鳴子温泉駅-
【路線】
JR陸羽東線(小牛田-新庄間)
【開業】1915年4月18日
【訪問】2017年5月
【1日あたり平均乗車人員】 226人/日 (2016年)
【近隣の主要駅 (小牛田方面)古川駅→11駅  
            (新庄方面)新庄駅→12駅


●駅名標

JR鳴子御殿湯はupしましたが、昨年GW期間中にこの傍の宿に泊まっていました。そしてその隣駅であるこの駅へは、宿をチェックアウトしてから徒歩で向かいました。多少時間はかかりますが、歩いてでも十分に行けたので。

両隣駅とも温泉街です。鳴子御殿湯は前述の通り既に記事upしていますが、東鳴子温泉を形成していて、反対側は中山平温泉駅です。こちらはまだ行った事がないので、今度は行ってみたいものですが、12軒の温泉宿があるとかでやはり温泉街なのですね。

このあたりでは鳴子温泉郷という形で総称され、なかでもこの鳴子温泉エリアは最も栄えてる感じでした。

鳴子温泉駅として現名称になったのは1997年の事でわずか20年前の事で、それまでは「鳴子駅」と称していました。近年こういう駅名に「温泉」をつけて、観光誘致しようとする街が増えましたね、かみのやま温泉駅とか城崎温泉駅とか。

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●春夏秋冬

ホームの壁に貼ってあった鳴子温泉の春夏秋冬の様子のポスターです。

今は春ですが、春はお花畑の風景が綺麗なようです。

そして東北地方なので冬はやはり雪景色が美しいようです。

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●ホーム

JR陸羽東線に属している鳴子御殿湯の隣駅で、あちらは1面1線のみでしたが、こちらは2面3線あり、温泉郷の中心の風格がそれなりに感じられます。

1日平均の乗車数は226人とあまり多くはありませんが、隣の鳴子御殿湯駅は約60人なので約4倍多い事にはなります。

正面に時刻表がありますが、左半分が上りで右半分が下りです。見えにくいかもしれませんが、下りはかなり本数が少なく10本程度です。これでは隣の中山平温泉へ行きたくても容易ではありません。

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●ようこそ鳴子温泉駅へ

ちょっと立派な感じの横断幕がホーム壁に出ていました。

下端にいろんな国の言葉で書いてあります。

そういえば駅名標もハングル表記もされていました。

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●顔抜き看板

駅舎内にあった顔抜き看板です。

源義経と弁慶と思われます。

彼らの終焉の地・平泉へ落ちる際に通り掛かった地であり、ここで義経の正室が子供を産み、その子がなかなか泣かなかったのがこの地で湯を浴びて泣くようになってから「啼子」が転じて今の「鳴子」になったという、義経が名づけたともいえる地だったのですね。

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●ぐるり雛壇

この駅の最も特徴的なものといっても過言ではないのが、このグルッとなった ひな壇形式の待合スペースです。無料休憩スペース「喜観舎」と名付けられています。

決して大きい駅ではないのですが、このイベントホールのようないでたちは強烈でした。特にイベントをやっている風ではなく、ステージになるようなスペースもあるとは思えませんでしたが…ところどころに座布団を置いてるのがまたいいんですよね。

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●発車時刻表

先のホームの写真にもありましたが、ここできっちり撮ったものがありましたので載せておきます。

上りと下りでは本数は違っていて、上り(古川方面)はざっくり1時間半に1本くらいで、下り(新庄方面)は2時間に1本くらいでしょうか。下りの2本目から4本目は3時間近くに1本くらいになってしまいます。

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●駅名由来

東北地方の駅によくあるこの「駅名由来の説明板」がここにもありました!

由来に2説が記されていますが、うち一つは先ほど書いた義経がらみの件です。

古くは火山が大爆発した記録も見られ、結構ハードな地なのだなと思わされ、温泉もできるべくしてできたのかな、という感じもしました。

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●足湯

駅を出ると足湯があります。 「ぽっぽの足湯」といいます。

よく駅前広場に足湯がある事が多いですが、ここの場合は、駅舎の下というか1Fの窪んだ部分にある感じです。なので屋根つき足湯な訳ですね。

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●町の…

町木みずき、町獣かもしか、町花りんどう…などとありました。

自治体の木とか花とかはありますが、他は「鳥」とかですよね、ここの場合は町「獣」とは…。

また「町」とありますが、これは現大崎市のものではなく、旧鳴子町時代のものです。鳴子町は人口8,500人くらいの町で、2006年3月に古川市その他と合併して大崎市となっています。

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●こけし柱

鳴子といえばやはり「こけし」!

「鳴子のこけし」っていつのまにか習って覚えて頭に染みついていましたが、でもその鳴子がどこかとか全然意識していませんでしたし、関東??ぐらいにしか思ってなかった時期も結構ありました。

宮城県にあって、それも内陸の方になるという事で、こうして訪ねてみればいやが追うにも覚えるというものですが、子ども時代に本だけで覚えてもよく分かんないんですよね。やはり行ってみるがベストです。

こけしにも色々種類があるそうで、ここのこけしは首がくるくると回る特徴があるといいます。「日本こけし館」という博物館があるくらい、こけしが代表的な工芸品です。

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●駅前広場

駅前そのものはあまり派手ではないですが、街へ出るにつれて温泉街的な雰囲気が顕著になってくる感じです。

この右側の階段を上がって街を通るルートもあれば、階段なしで街へ出るには左に隠れている部分を通る事となります。

「ようこそゆのまち鳴子温泉郷」と看板が出ていました。「なる子ちゃん」という鳴子温泉のイメージキャラクターで、頭の大きなこけしの妖精で、足には下駄を履いています。

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●鳴子温泉駅 駅舎

車の大きさに対して駅の大きさが分かると思います。ものすごい大きな駅ではないですが、この沿線では大きな駅です。観光案内のセンターも併設されています。

白を基調にした綺麗な色の駅舎で、このように青空をバックにするとより一層綺麗に映えます。

一連の温泉駅の総本山的な位置づけでもあるのがこの鳴子温泉でもあり、かつて人口8,000人余りの町の中心駅といえど、やはりそこは鳴子温泉という観光資源を持ち、ホテル旅館の類もかなり存在する訳で、この駅の大きさはダテじゃない、と感じさせられました。

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2018年2月27日 (火)

宮城/気仙沼 海の市へ行ってみよう!

宮城県気仙沼市、JR気仙沼駅からの旅です。

(2017年5月当時)

●気仙沼 海の市

この時は歩き旅ではありませんで、タクシーで直接ここへ向かいました。最初からここへ行くつもりで気仙沼に来たので。気仙沼駅からタクシーで10分くらい、途中で海辺を通り、沢山の停泊している船を見る事ができ、いかにも港町な感じです。

●Kesennuma Umi-no-ichi

It was not a walking trip at this time, I went directly to this place by taxi. Because I planned to go here from the beginning and came to Kesennuma. About 10 minutes by taxi from Kesennuma Station, we can see the boat that is passing through the seaside on the way and can see a lot of berths and it is like a port town very much

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●壁画アート

海の市の建屋内の一角です。

壁いっぱいに海の生き物が青く描かれていました。「氷の博物館」新設に合わせ、震災で被災された気仙沼の方を思い描かれたという事で、ベルギー在住の方の手によるものです。

It is a corner in the building of the sea city.

Sea creatures were drawn blue in the wall. In accordance with the establishment of the "Museum of Ice", it is due to the hands of people living in Belgium because it was envisioned towards Kesennuma who was affected by the disaster.

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●ホヤぼーやショップ

宮城の人気キャラのひとつである気仙沼のゆるキャラ「ホヤぼーや」のキャラクターショップです。2012年のゆるキャラグランプリでは、東北一の26位を記録したといいます。

ホヤをモチーフに剣はサンマだそうです、銅鐸か何かかと思っていましたが…。ショッカーみたいなベルトはホタテで、気仙沼の名物で構成されています。ボーヤですが身長は198cmもあるそうです!

ホヤぼーやのグッズが売っている訳ですが、自転車なんかも売っています。ちなみにホヤぼーやサブレーは個人的に大変おいしかったです。たしかここで買った訳じゃないと思いますが…。

It is a character shop of the loose character of Kesennuma "hoyabaya" which is one of popular characters of Miyagi. It is said that at the Yuru Character Grand Prix of 2012, he recorded 26th place in Tohoku.

It seems that the sword is a saury with a squirt as a motif, I thought that it was copper clay or something .... A belt like a shocker is scalloped and it is made up of specialty of Kesennuma. It is Boya, but he is said to have a height of 198 cm!

It is a translation that sells hoyaboy's goods, but also sells bicycles. By the way, Hoya Bo and Sublay were very tasty personally. I certainly do not think I bought it here ....

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●海の子神社

上の写真にも幟が出ていましたが、このような神社が海の市の建屋内にあります。

このショップ自体が2017年4月20日にオープンし、この訪ねた日が5月1日という事で、ホントにオーブンしたての状態で訪ねる事ができました。

ここでのお賽銭は全国の被災地に贈られるそうです。

何気に顔抜き看板もあったりします。

● Sea child shrine

In the above picture there was also a shrub, but there is such a shrine in the building of the city of the sea.

This shop itself opened on April 20, 2017, and this day I visited on May 1st, I was able to visit in a fresh oven fresh state.

I heard that money sent here will be awarded to affected areas all over the country.

There are signs without a face at any mind.

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●響げ!

響けではなく、響「げ」です。ホヤぼーやショップから離れてですがこれも建屋内での一角です。

「あべケン、アンタはエラかった」とタイトルがありますが、この「あべケン」なる人物は気仙沼のローカルアイドルグループで今も続いている「SCKガールズ」の生みの親です。東日本大震災で大きな被害を受けた気仙沼で子供たちの笑顔を取り戻そうと立ち上げ、惜しくも2013年夏に亡くなられましたが、その創始者として語り継がれる存在です。

SCKは「産地直送気仙沼」の略で、このグループからは今、モーニング娘。などの所属する「ハロー!ブロジェクト」のアイドルグループ「アンジュルム」に所属し、雑誌「Seventeen」のモデルでもある佐々木莉佳子さんが巣立っています。

またこのグループのドキュメント的小説として作家の五十嵐貴久さんが「気仙沼ミラクルガール」なるタイトルで著されています。あくまでフィクションとして描かれていますが、結構実話ありのような構成でこのグループの生い立ちを知ってから読むと更に面白いです。この写真の右下が最も分かり易いですが、SCKガールズのメンバーが元気にパフォーマンスをしている様子です。

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●リアスキッチン

リアスという言葉が、この三陸海岸あたりらしい響きですが、ここでご飯を頂きました。

この辺りに来たら海鮮丼は外したくないですね、必ずといっていいほど見つけては頂いています。

ふかひれラーメン\2,500はいかにも贅沢ですね。

Rias kitchen

Rias sounds like this around Sanriku coast, but I received rice here.

I do not want to remove seafood rice bowls when I come around here, you can definitely find it.

Shark fin noodle \ 2,500 is absolutely luxurious.
It seems that members of SCK Girls are doing well in performance.

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●カネト水産

海の市まで出てきて本当に行きたかったのはこのお店です!

しかし…

開いてなかった

ランチとディナーの間の休憩中だったようです。

ここで食べたいならばその事は考慮すると良いと思います。

写真3枚中の上2枚は建屋外からの入口で、いちばん下は建屋内からの入口です。ここが開いてなかったので、リアスキッチンで頂いたという訳です。

赤字覚悟、と銘打ちながら「メカジキ丼」「かけ橋丼」など興味津々でしたが、夕方の再開まで待てなかったので涙を飲みました。ゴールデンウィークスペシャルのこのメニュー。食べたかったです。

● Kaneto Fishery

It is this shop that went to the ocean city and really wanted to go!

However…


It was not open.



It seems that it was during a break between lunch and dinner.

If you want to eat here, I think that it should be taken into consideration.

The top two of the 3 pictures are the entrance from the outside of the building, and the bottom is the entrance from inside the building. Because this place was not open, I got it at the Rias kitchen.

Although it was interesting, such as "Mekijiki rice bowl" "Kakabashi rice bowl" while being remembered, but I could not wait until the evening restarted so I drank tears. This menu of golden week specials. I wanted to eat it.

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気仙沼は海辺の景色も良ければ、そこへ行くまでの古い建屋のあれこれも良いのですが、こうした施設へ行くのも良いなと思いました。海鮮丼食べたい時は、この「海の市」はおススメです。仙台からかなり遠くてアクセスには色々と難がある部分があると思いますが、これを見て興味の沸いた方が居られれば幸甚です。

2018年1月 7日 (日)

宮城/多賀城 古代の香りを今に…

宮城県多賀城市、JR国府多賀城駅からの歩き旅です。

(2017年5月当時)

●特別史跡 館前遺跡

国府多賀城駅前にある看板です。

多賀城跡の南東200mの台地上にある遺跡です。政庁跡との距離は600mとありました。また多賀城廃寺とは500mの距離で、政庁と廃寺を結ぶ形で存在していました。

この遺跡から見つかったものは9世紀前半に存在していたものとみられています。

多賀城といえば、日本屈指の古代城柵跡として有名ですが、この遺跡は多賀城に赴任した国司の館跡とみられているというような事が記されています。

9世紀初めといえば西暦800年そこそこで、平安時代に入った頃ですね。都が奈良から平安京に移った後で、この看板の下には復元模型がありますが、こんな立派な建物をつくる技術はいつから日本人に、人類についたのだろうか?と考えさせられます。

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●多賀城跡へのいざない

案内看板が出ていますが、この柵は駅の敷地との境のもので、ちょうど駅の柵の端っこから、この右端にある細い通路が多賀城跡への入口になります。ホントに駅前です。

しかしこんな端っこから始まるなんて、裏道っぽくでオープンな観光地ではないのかな?という感覚を受けてしまいました。

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●入口から駅を見る

駅の敷地の端っこからコソッと入るような感じで、細い通路を通っていき、そこからバックにある駅へ振り返ったカットです。駅の真ん前に遺跡敷地がある事が窺い知れるかと思います。

駅の近代的な建物と遺跡のマッチングした不思議な空間である事を感じます。

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●いざ

多賀城跡の敷地へ。

駅からの通路からはこんな景色です。

派手な建物やらが並び立っている訳ではなく、緑が広がる一帯という感じです。

多賀城は、今でこそ仙台にその座を譲っているようなところがありますが、奈良~平安期は東北地方の政治や文化の中心地だったといわれています。

大和朝廷が蝦夷を征伐する際に置かれた軍事拠点で、その始まりは724年と伝えられています。

10世紀後半ごろには衰退し、維持管理されなくなりという事で廃れていったといわれています。西暦でいうと900年代の後半ですが、歴史教科書レベルではこれといって特にない時期かな、という印象です個人的には。藤原氏が栄華を誇っていた時期ぐらいな感じですね。そんな頃にここは廃れていった訳ですね。

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●小高い丘の館前遺跡

遺跡周辺の様子です。

外から見たら丘になっているのも分かりますし、そんな所から間近で電車が通っていくのも見えます。

青い空とみどりの草むらのコントラストの実に効いたカットになっています。雲もいい感じで引き立ててくれました。こうして写真を撮る時に、雲というのは非常に重要な存在で、雲ひとつで素晴らしいカットになるか糞カットになるか?ではありませんが、本当に左右されるなというのを最近特に感じます。

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●政庁跡への道!

丘にある遺跡の部分を一段落した後はこの道を通って政庁跡へ。といってもグラウンドの横みたいなとこを通っていきますので、古代の雰囲気は一旦寸断された気がしました。

遺跡といっても何かがある訳ではありません。緑の大地に建って往時に思いを馳せるのみというところでしょうか。何もない事が空間として贅沢、といえるかもしれません。

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●政庁跡への道2

グラウンド横を抜けた後は、普通の路地へ。

向こうの十字路を越えていきます。

一連のエリアというより完全に別の所へ行くような気分でした。

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●更に進む

標識に沿い進んで行きます。

すっかり公園敷地内の自然あふれる景色にやって来ました。

ちなみにこれを撮った時期は昨年のGW期間中の正午ごろです。そんな状況で、こののどかさはすごいです。観光客なんてホント居やしませんでした。

極力人の居ない時を狙ってこういう風景写真を撮るようにしていますが、ここはその心配もせずにその時々の想いで撮っていて、観光客で溢れる街では少なくともないとみて良いかと思います。確かにちょっとGWの谷間のような日ではありましたが。

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●つぼのいしぶみ

多賀城碑のカッコ書きとして、このように書かれていました。

歴史で有名な坂上田村麻呂(758-811)が大きな石に矢尻で記したものとして、後に江戸初期に発見される事となりますが、その間に多くの歌人がこの「つぼのいしぶみ」について詠っており、その多くが「遠くにあるもの」「よく分からないもの」という内容であったようです。

田村麻呂を語る時に「征夷大将軍」の言葉がついて歩き、最初の征夷大将軍みたいに向きもありますが、初代は大伴弟麻呂(おとまろ)という人物が最初で、田村麻呂はつづく2代目となります。

また「征夷」とつくので「蝦夷を討伐する」意味合いでつけられた役職と思われ、一定の東北平定がなされてからは廃れていったようですが、鎌倉から続く武家政治での「将軍さま」はまた征夷大将軍と呼ばれるようになり、元々の意味と合っていない形ですね。

とにかく、多賀城関連敷地をずっと歩いていてようやくこのようにハッキリした、有形のモノに出会えました。分かり易く歴史を感じ取る事ができるというものですね。

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●政庁-南門道路

カッコ書きとして「萩大路」と記されていました政庁への道で古代都市「多賀城」のメインロードでもあったといいます。

元々はこの辺りはコスモスやポピーの植樹で道路を形成していたといいますが2011年の東日本大震災にて、それが崩れてしまい、今は「みやぎの萩」を植樹して道路として標示しているとの事で、その震災当年である2011年にグッドデザイン賞を受賞しています。

この道を通り、石段を上って行きます。正確には「石のくっついた坂道」ですが。

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●政庁正殿跡

という訳で階段を上った先には、この政庁跡がありました!当時の政治の中心地です。

ここが多賀城跡観光においてのメインの場所と思いますし、分かり易く歴史遺産を観光できたと感じられる場所でもありました。

外郭南門跡でもありましたが、ここも二重の屋根で復元イメージされており、これも誇張ではなくこのようなものと考えられてもおかしくないと思います。しかし当時の技術はある意味今よりすごかったのかもですね。機械がある訳ではなかった中、いわば手造りで建物をつくっていたというその方に感嘆してしまいます。色ももしこの通りであったとすれば、それもまた素晴らしいですね。

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●おまけ

最後は癒しの景色を。

特に観光において何という事が表現しづらく言葉で語り切れませんが、こういった癒される景色に出会うのも旅の醍醐味でありまして、非日常でもあると思います。日常があるから非日常がありで。

多賀城跡観光一択でやって来たこの国府多賀城駅ですが、これを見て興味をもつ方がおられれば幸いです。

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2018年1月 6日 (土)

JR国府多賀城駅 (宮城県多賀城市)

宮城県多賀城市のJR国府多賀城(こくふ・たがじょう)です

多賀城市では以前にJR多賀城駅をupした事がありますが、思ったような観光ができず、いわゆる「多賀城」を見たいと思って、同市内の別路線にあるこの駅に去年やって来ました。

 -JR国府多賀城駅-
【路線】
JR東北本線(東京-盛岡間)
【開業】2001年9月29日
【訪問】2017年5月
【1日あたり平均乗車人員】 1,065人/日 (2016年) 
【近隣の主要駅 (東京方面)仙台駅→4駅
           (盛岡方面)塩釜駅→隣駅 


●駅名標

元々仙石線に多賀城駅があって、この駅は2001年になってできた21世紀生まれの若い駅で、多賀城市の要請によってできたいわゆる「請願駅」です。

多賀城の政庁跡が真ん前にあるのがこの駅の最大の特徴で、

多賀城政庁跡を見たいなら、多賀城駅ではなく、この『国府』多賀城駅へ行ってください。

ちなみに隣駅は塩釜市の中心・塩釜駅ですが、これとやはり仙石線の西塩釜駅とは別路線となっています。ただこの両者は徒歩移動が問題なくできますが、多賀城-国府多賀城間は約1kmの距離があります。時間があれば徒歩移動できなくもないのですが、手早く政庁跡を観光したいなら、この国府多賀城駅一択です。

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●ホーム

2面2線の橋上駅舎で、階段を上がった先に改札があります。

ホーム上に屋根が長く取られていますが、幅が狭かったです。そして天井の柱のサビ具合が渋すぎました。

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●時刻表

東北本線の時刻表です。こちらは上りで仙台方面になります。

ほぼ1時間に2本以上はコンスタントにありますが、終電が22時31分!

仙台駅までは4駅で着くので、便自体が早じまいという感じです。ここから仙台へ夜遅くに、という事がないのでしょうかね?

しかし9時台に5本もあるのは、それほどの需要があるという事でしょうか?

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●歩いてみよう!多賀城跡

という事で、ズバリそのものです。

多賀城跡はすぐ近くにあります。

片側は政庁跡が広がり、反対側には廃寺跡があり、と観光には事欠かない。多賀城行くならここでしょという模範的な観光地があります。歴史好きの方には特に。

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●自由通路

駅の自由通路で、両側の出口へ繋がっています。

右の窓側の赤い柱が大変印象的ですが、多賀城の政庁跡を表したものと思います。

エレベータもついています。

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●歴なび多賀城

駅構内に貼ってあったポスターです。

「アプリと共に探訪する歴史遺産」とありました。スマホやi-Padでダウンロードして旅行に役立てようというものですね。単なる観光ポスターかと思っていましたが。

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●駅前俯瞰

駅前広場を上から見た様子です。

ロータリーの形はできていますが、全般にひっそりした雰囲気でした。

真ん中の模擬政庁?がこの駅のトレードマーク的存在です。

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●バス停と駅前広場

ミヤコーパスというところのバス路線が駅前広場へ乗り入れています。ひっそりとした駅前に何度か行き来していたのは見ました。

「国府」のつかない多賀城駅を経て汐見台中央という所までのバス路線です。平日は1時間にほぼ1本の計14本が出ていますが、土日になると多くの便が運休となり2~3時間に1本ペースの1日計5本と半分以下に減少します。

ちなみに多賀城駅へは約10分で結びます。距離的には1kmほどにつき、かなり回り道をするものと思われます。

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●駅前オブジェ

ロータリーの真ん中に写っていた疑似政庁のオブジェです。

実際にこういう建物だったか分かりませんが、歴史に思いを馳せる、そんな導入としての役割を果たしているのかな、と感じます。

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●国府多賀城駅 駅舎

多賀城駅よりは小規模となりますが、歴史ある観光名所があるだけにそこそこの規模ではあります。

また駅の形がちょっと面白くもあります。てっぺんの平屋根がせり出している感じも。2F部分の庇の役目を果たしているのでしょうか。

建物の下の空洞部分も高くなっていて、建物が大きな口を開けているような感じでした。

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2017年11月16日 (木)

JR鳴子御殿湯駅 (宮城県大崎市)

宮城県大崎市、JR鳴子御殿湯(なるこ・ごてんゆ)です

大崎市ではJR古川駅をupした事がありますが、これにつづく駅の御紹介です。。

-JR鳴子御殿湯駅-
【路線】
JR陸羽東線(小牛田-新庄間)
【開業】1952年1月25日
【訪問】2017年5月
【1日あたり平均乗車人員】 60人/日 (2016年) 
【近隣の主要駅 (小牛田方面)古川駅→10駅
           (新庄方面)鳴子温泉駅→隣駅、最上駅→6駅   


●駅名標

陸羽東線の途中駅に降り立ったのは、この時(今年5月)が初めてだと思います。というか、通った事さえも初めてだったかもしれません。

この時はGW初日に宮城県の名取市に用事があって、連休の旅はここを基点にしばらく宮城を巡ろう、と突発的に思い立ち、どこか温泉街に泊まりたい!という事で探したのがこの東鳴子温泉でした。それでわざわざ陸羽東線に乗り入れたという訳です。

写真入りの駅名標は長野県の駅を思い出しますが、ここ宮城県にもありました。隣は鳴子温泉駅で、まさに鳴子温泉街の駅なのですが、ここ鳴子御殿湯駅は鳴子温泉の温泉街の駅となります。

そもそも今の駅名になったのが1997年とつい最近の事で、それまでは「東鳴子駅」を名乗っていました。東鳴子に仙台藩藩主専用の風呂である「御殿湯」が置かれていた為、この名前に変わったようです。

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●ホーム

「ようこそ鳴子御殿湯駅へ」という長い幕が塀にかけられていました。温泉街の交通中心地というか、そんな役割を負っているのかな、という感じがしました。

1952年開業という時期的に中途半端な時期にできた駅で、隣の鳴子温泉駅駅とは2.2kmの距離で十分歩いて行けます。実際この時、歩いて鳴子温泉駅まで行きました。道中、温泉旅館が多数見れて、景色として面白かったです。

ホーム自体は1面1線の最小限の状態で、屋根のあるエリアもそんなには広くなかったです。

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●改札

木組みの新しい感じの改札でした。

駅自体は2004年に改装して新築し、テープカットまでやる程、本格的に行なわれたといいます。

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●駅舎内部

2004年に新築された駅舎は大きな建物ではありませんが、中身はこんなに凝っていて立派です。1日の乗車人員がわずか60人の駅にこの贅沢さsign03さすがは温泉の駅というところでしょうか。

座るところでも何人分座れるんだ?というぐらいあります。畳敷きのスペースもあるくらいで、行ってみればここで寝ることだってできます(笑)

額のように飾ってある、カラーをバックにしたイラストがとっても印象的で、駅の中の雰囲気をずいぶん盛り上げています。

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●時刻表

おおむね1時間に1本程度のダイヤとなっています。

この辺りは〇〇温泉駅的なところが4つぐらい続いたりしますが、ダイヤ間隔がこれくらいなので、それらの温泉を制覇するならダイヤをしっかり把握して計画的に行くべきと思います。

右には出札が覗いて見えますが、やっているのでしょうか。ここに来た時は早朝だったために誰も居なかったのだと思いますが…。

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●周辺案内図

ここが東鳴子温泉で、西隣が鳴子温泉ですが、両サイドには更に中山平温泉、川渡温泉と広がる温泉エリアです。日本広しといえど、これだけ温泉関連駅が続いているエリアもないのではないでしょうか。

鳴子から北上しても鬼首温泉郷という温泉エリアに行き着き、それはもう温泉温泉した地域だとつくづく感じます。

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●新駅舎開業写真

2004年に改築されたと何度か書いていますが、この駅舎内は、その新駅舎開業時に因んだものが多数見られます。

ここにもその関連写真という事で、旧駅舎のカットがあります。左側の分はホームの様子と思われますが、今よりかなりゴツゴツしたものと思われます。

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●旧駅舎スナップ

左側に特に旧駅舎の様子が見て取れます。あまり詳しくは撮りませんでしたが…

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●新聞記事切抜き

これも新駅舎開業関連の記事です。

この日を境に生まれ変わった旨の記載が多い気がします。駅名が変わったのはこれの7年前の事ですが。駅名変更より駅舎変更の方がはるかに大きく取り上げられています。

しかし悲しいかな駅舎が改築された2004年の平均乗車人員はかろうじて100人を超えていたのですが、今や60人にまで落ち続けています。50年ぶりの駅舎改築もそういう意味での効果は上げきれていない状態です。

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●東鳴子界隈

この鳴子御殿湯駅周辺の宿を中心とした地図で、ピンクで塗られた建屋が宿と思われ、実際この時に泊まった宿もここにピンクで塗られています。東鳴子よりも鳴子温泉の方が件数も多く賑わいもあります。

この辺りは食べに行く所も殆どなく、娯楽というものが皆無です。ただただ自分の泊まる宿の温泉を楽しむ事と、寂しげな夜の街を散歩するのが楽しむといえば楽しみでしょうか。夜歩き回ると結構孤独を感じたものでした。浴衣を着た温泉観光客がすれ違う、なんてことは殆どありません。ただ寂しい分、のどかさというか非日常は感じられます(笑)

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●駅前広場

温泉街の案内地図と自転車置場があるくらいで、あとは坂道の広場があるだけの空間です。観光案内地図は右側には各宿の名前が列挙されています。こう見ると宿は結構あるんだなと思わされます。

よく確認していませんでしたが、バス停もないです。この坂を下りてT字的に交差しますが、その両サイド約100m位の位置に各々バス停がありますが、この駅まで乗り上げてくるバスはないようです。

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●鳴子御殿湯駅 駅舎

内装が実に充実した感じで、中から見たらどんな大きな駅かな?と思いますが、こうして見ると実にこじんまりとした感じの駅です。この通路の向こうに入口があって、その中は贅沢な空間が広がっています。

正面の通路を無視してサイドからホームへ直接行く事も出来ますし、わざわざ駅舎に入る用の無い方はそうするのでしょう。手書き風の駅看板も印象的でした。駅看板にJRと銘打っていないところも逆に味が出ていていいなと感じました。

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2017年5月 4日 (木)

仙台空港鉄道/仙台空港駅 (宮城県名取市)

宮城県名取市の仙台空港鉄道/仙台空港(せんだい・くうこう)です

名取市では、JR名取駅 をupした事がありますが、これ以来の名取市の駅記事です。

-仙台空港鉄道/仙台空港駅-
【路線】
仙台空港鉄道 仙台空港線(名取-仙台空港間)
【開業】2007年3月18日
【訪問】初訪問-2014年11月
【1日あたり平均乗降車人員】 4,535人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (名取経由仙台方面)名取駅 →3駅、仙台駅→7駅
           (名取経由福島方面)岩沼駅→5駅



●駅名標周辺

とかくアクセスが問題になりがちな空港ですが、鉄道駅としてあると非常に便利であり、そんな空港駅のひとつです。他に空港駅で思いつく所といえば、成田、羽田は実は行った事ありませんが、存在するでしょうし、関西空港、新千歳空港、神戸空港、セントレア、米子空港、宮崎空港、那覇空港…etcでしょうか。機能している空港の数からするとまだまだ少ないです。

「仙台空港アクセス線」の愛称をもつこの路線の駅は2007年開業と比較的新しく、仙台空港駅と名乗っていますが、所在地は宮城県名取市であり、当駅と名取駅までの7km程度が仙台空港鉄道線に属しています。ここから名取駅を経てJRに入り仙台駅まではトータル7駅となります。といっても仙台駅までは直通乗入れするので乗換は不要です。また、名取駅と仙台駅しか停車しない「快速」もあります。

その仙台駅までは各駅で30分程度、快速だと17分ほどで着きますが、快速は1日全80本程度のうちわずか4本しかなく、先日偶々快速に乗る事ができましたが、やはり速い感じはしましたね。普通に考えたら仙台までの所要時間は30分と認識しておいた方が良いと思います。また、ダイヤ的にもそんなに頻度がなく、1時間に2、3本ほどです、待っているそばから次々に来るという感じではありませんsmile

開業してまだ10年という事ですが、その間に東日本大震災があり、本路線も被害を受け、全線復帰するのに約半年を要したといいます。かかった費用は30億円とも。当時まだ開業4年ほどだったと思いますが、最初から厳しい局面を迎えた訳ですね。

写真は初訪問時の2014年11月当時のものです。実は数日前にも行ってきたばかりですが、この辺りの風景は殆ど変わってなかったです。ただ開業10年の歩みの展示をしていましたので、今行かれたらそのパネルは見られると思います。

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●ホーム

1面2線のみの半円状の屋根が印象的なホームです。

骨組みがずーっと続いていって、真ん中の柱がまたいい味出しています。

手前が改札側ですが、階段も何も無く、そのまま右に曲がる形で改札へ至り、更に右に曲がって、つまりこのホームと平行に通路があり、これが空港へと繋がっていきます。

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●改札内

改札を入ってすぐの地点です。

左側がホームで、1番線2番線とそれぞれ矢印表示されていますが、そのまま進めば右側に1番線があり、左側に2番線があるのみで、階段もエスカレータも何もなく行く事ができます。また終着駅につき、仙台への電車がただ出ているのみで、本数的に発車が何十分間隔につき乗り間違う事もありません。

右側はトイレがあり、またこの写真右端に覗いて見えるのは待合室です。

先日訪問時は手すり?の辺りに沢山看板がありました。

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●改札外

こちらは改札を出た直後の周辺の様子です。

大きな窓とステンドグラス調?ジャンル的によく分かりませんがアートが印象的でした。

左下の電車のセットは今もまだありますが、ここより少し10mほど?出口寄りに移転されていました。日付が入っているので来場記念写真用と思われます。

電車の右側の女性は「鉄道むすめ」として、「社みなせ」というキャラクターだそうです。この名前にはこの仙台空港鉄道線の駅名が詰め込まれていて、社せきのした、美田園、名取、仙台空港のそれぞれ頭文字をいくつか取って、という感じですね。

色んな所にこのようなキャラクターがあるようですがトミーテックが中心となって展開しているのだとか。東日本に行くと、そこかしこで見かける印象がありますが、関西ではあまり見ないですね。鉄道ヲタの中ではたとえば、「〇〇ちゃんに会った」とかコンプリートしたとかそんな感じで楽しむもんなのでしょうか。

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●エスカレータ

駅は2F部分にあり、地平からはエスカレータが出ています。駅と空港も通路で繋がっていますが、地平に下りる時はこれを利用します。

ちょっと分かりにくいのですが、「東日本大震災」として左側に貼ってあります。当時この地にやって来た津波の浸水した高さです。これでもエスカレータの途中ですが、真ん中とまで行かずとも結構な高さのところにありました。勿論当初はこのようなものがなかった訳ですが、これをつけざるを得ない状況になってしまったのが悲しいですし、やはりこれがただの伝えで終わらずに、風化させることなく教訓として存在を放っていてほしいところです。

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●空港とジョイント

右側が当駅で、空港と繋がっているのが窺えます。2007年にできたばかりの駅なので、いかにも後付け感が見て取れますが、駅ホームから空港までほとんど段差なくアクセスできるのは素晴らしいところです。

国内線がこの位置にあり、向こうに国際線があります。東北地方を代表する国際空港として、国際線では上海やソウル、台北などアジアを中心に、他にグアムへの便も出ています。ただ各路線で毎日便が出ている訳ではなく、上海は週2日、台北は週4日といった具合で、その辺りは発着日を考えなければならないのが現状です。

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●仙台空港駅 駅舎

外観はちょっとごつい感じですが、ここから左側へシュッと細くなって通路部分が続いていき、空港へのジョイント部分と、地平へ降りていく部分と分かれていきます。多少の待合スペースと後は通路のみの駅という感じですが、大半は仙台空港へ行ってしまう訳で、ここ自体でそれほどスペースを取る事はないかな、というところでしょうか。

このような立方体に近い形の駅って逆にあまりなくて新鮮な印象も受けました。震災を乗り越えて東北地方のメインの玄関としてさらなる発展を遂げていってほしいものです。

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2016年9月 8日 (木)

宮城/塩釜 塩釜から西塩釜への道

宮城県塩釜市、JR塩釜駅周辺の様子です。

(2009年8月当時)

●マンホール

塩釜市のマンホールです。

ここ塩釜で巡った場所が実は殆どなくて、JR塩釜駅と、別の線で近くを走っている西塩釜駅への移動のみです。それも結構短距離で。塩釜は港町なのは前々から知っていましたが、ここが実際どんな暮らし向きか、知ってみたいてす。行っておいてこう書くのは何ですが、ホントに殆ど滞在していませんでした。

マンホールは市の花であるシラギクを全面にあしらったものです。デザイン自体は何の変哲もない…と思ってしまいますが、よく見ると真ん中下に「東玉川」なる文字があります。ここが他の自治体と違う点で、この枠内に、設置されている地区名が入っています。「多摩川」というのもあるそうで、これはなかなか…後から知った事ですが、オドロキでした。

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●塩釜駅前

幅の広い道が通っていたりして、そこそこの駅前通りの雰囲気はありますが、高い建物で並ぶといった感じではありませんでした。宮城県で人口10万超といえば、仙台をはじめ大崎、石巻といったところで、他は中小都市という感じで無理からぬ部分があるかな、というところです。

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●さらに駅前

マンションなどピンポイントには高い建物がありますが、それ以外は歯抜け状態が結構ある印象でした。

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●公民館入口バス停

という名前の下に「白百合学園のりば」とありました。白百合学園とはまたドラマに出てくるような名前!と思いましたが、学校は仙台市にあるそうです。で、ここには各方面に出ているスクールバスの停留所があるという訳です。ここから1時間強かかって学園へ辿り着くのだとか。

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●駅前道路突き当たり

塩釜駅からまっすぐ東へ伸びる道路をそのまま歩いて突き当りの所です。かなり西塩釜駅に近い場所で、これを左折して歩いて程なく右折すると西塩釜駅です。距離にして600m程でしょうか、駅出て直進して左折して歩くと見えてくる、という感じです。

塩釜駅はJR東北本線で、西塩釜駅はJR仙石線という線に所属する別路線です。幅が広がったり狭まったりしながらも、この辺りでは両者は平行に通っています。

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●西塩釜駅前

まで来ました。

この手前のだいぶ色褪せた横断歩道のすぐ向こうを右に曲がると、西塩釜駅が目の前です。

西塩釜駅は歩道橋を降りると、狭い路地になっていて、そこから真正面を見ると、この左側にある「福助や」というお店の建屋が見えます。つまりここの駅前は、さして駅前広場もなく、唐突にこのような商店街に入っていく格好になります。

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という訳で、次はもっとちゃんと訪ねたいと思った塩釜市でした!

2015年4月 5日 (日)

宮城/角田 長泉寺と心に響く石

宮城県角田市、阿武隈急行/角田駅からの歩き旅です。

(2015年1月当時)

●角田市マンホール

まずはマンホールから、という事で、市の花であるリンドウが外周を覆い、真ん中にはロケットが配されています。これは市内の台山公園に展示されている宇宙展示館のロケットを模しており、宇宙研究所のあるこの角田市内を大きく象徴するものです。

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●駅前通り

駅記事にも雰囲気として載せましたが、もう少し駅から離れての駅前通りのカットです。

やはりかなり見晴らしよい感じで、高い建物はさして見当たりません。

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●通りを往く

実際に歩いてみて、商店や住居が点在した通りである事を実感しました。

なかなかにのどかな雰囲気でした。

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●第三十一番

伊具三十三観音第三十一番として長泉寺十一面観音とありました。

歩くうちにたどり着いた「長泉寺」です。

その歴史は古く1436年に福島県石川町で建てられたことに始まり、1598年に時の領主の移封に伴い、この角田の地に移された事で、角田での歴史が始まる事となります。

ちなみに冒頭の「伊具」とは、県南東部に伊具郡という郡が存在し、現在は丸森町のみが属していますが、角田市も1958(昭和33)年までは伊具郡に属していました。

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●長泉寺

の山門です。薬医門と言われる形式の門です。

「高源山」とあり、曹洞宗のお寺です。

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●境内

に入ってのカットです。

左側に藤棚、その向こうに鐘楼がありました。

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●鐘楼

見事なフォルムの木造の鐘楼です。

ここに釣られている鐘は、1661年に角田の4代目当主・石川宗弘が奉納したという歴史あるもので、明治の初年である1868年には盛岡からここ角田に移る事となった南部藩兵の目を逃れる為に濠に沈められた事もあった(結局、藩兵の移封はなくなったそうですが…)といい、そんな事を経て今に至ると知ると、益々この鐘の貴重さが分かるというものですね。

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●本堂

真新しい感じで、立派な本堂がデンと構えています。

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●佛足石

境内にはいくつかの大きな石があるのですが、まずはこの「佛足石」

佛の特徴を示す32相の七瑞祥紋の全てを佛足文様として石刻し信仰の対象としたもので、インドでは2000年前よりこのような信仰があるそうです。

奈良の薬師寺にある日本最古の佛足石(国宝)のものを写刻したという事で、下の写真にその仏さまの足跡として描かれている様子が分かります。

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●磬石(けいせき)

境内にあるもう一つの大きな石として、鐘楼の足下にこの「磬石」があります。

「音が鳴る不思議な霊石」とあります。

心の音色が浄土の世界に響くように、という事で、傍に置いている石で、この大きな石を叩いてみてください、とありました。

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という事で、この石で叩いてみます。

石が石を叩く音しかしないんだろう?それを心の中で響かせないといけなかいのかな??とか思っていましたが、本当に音がしました。

中が空洞になっているのか?分かりませんが、鐘のように音が響いていました。

角田で出会った印象的なものとして2つあるのですが、これは自分の中ではその大きな1つとして挙げます。その訪ねた町々にひとつの思い出があればいいと思うのですが、そういうものを得て帰れて幸せと思うし、これがまた旅して良かったと思える事ですね。

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2015年2月 6日 (金)

阿武隈急行/角田駅 (宮城県角田市)

宮城県角田市の阿武隈急行/角田(かくだ)です。

角田市は宮城県の南東部に位置し、人口は30,107人(2014.12.1現在)で、古くは養蚕が盛んで、その後は電機や自動車部品メーカーなどが進出しています。また宇宙開発機構の実験・開発施設である「角田宇宙センター」があり、高さ約40mの大きなロケットの模型が立っています。

-阿武隈急行/角田駅
【路線】阿武隈急行線(福島-槻木間)
【開業】1968年4月1
【訪問】2015年1
【1日あたり平均乗車人員】 1,724人/日(2001年)
【近隣の主要駅(福島方面)岩沼駅→隣駅
           (槻木方面)槻木駅→4駅

●駅名標

今年の1月3日、2015年初の未訪市訪問を登米市にて行なったのですが、そこからJRで槻木駅まで出て、ここで阿武隈急行に乗り換えて辿り着きました。

宮城県で最後に訪ねた市であり、この到着を以って宮城県全市訪問達成となりました。東北地方で残る未訪市は、青森県十和田市と岩手県陸前高田市の2つを残すのみです。

角田市の中心駅であり、角田市は近隣の槻木駅がある柴田町より人口が少ないながらも駅利用者数は、この角田駅が阿武隈急行線内では最多となっています。

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●名所案内

とは書いておらず、唐突に「梅花の里」とありました。

で、その下に色々と…。

徒歩圏内で行けるのが上の2つぐらいですね。スペースタワー・コスモハウスって事で、JAXAの角田宇宙センターがある事もあり、ここに大きなロケットの模型が立っています。高さ40mにもおよび、この時、角田で行く所はここ!と決めたのが駅を出て、大きなロケットが見えた時からでした。その時まではどこへ行くか全く決めてませんでした、自分の旅ではよくある事ですが…

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●ホーム

細い柱で支えられた屋根のある部分が結構長く続いています。

余分なものがない閑散とした雰囲気でした。

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●跨線橋内部

階段部分と橋の部分です。

いずれも通路幅としてはやや狭めで窮屈な雰囲気で、掲示物は全く無しでした。

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●俯瞰

跨線橋からホームを眺めた様子です。

こうして見ると屋根のあるエリアは結構広く取られているなと感じます。

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●絵つき駅名標

絵のついた吊下げ式の駅名標が別にありました。

ロケットの町、という事をアピールしたものとなっており、その事がこれを見て完全にこの町のイメージとして結びつきました。

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●駅から目線

駅出ての景色です。

駅前の通りは実に見晴らしがよく、道路のサイドに建物がない感じでした。市の中心駅の駅前らしからぬ光景でした。

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●オーク・プラザ

と銘打たれたこの駅舎には角田市観光物産協会が入っています。

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●オーク・プラザ2

同じくですが、「宇宙」が独特でした。

自然や歴史ってフレーズはどこの町でも語られる事ですが、宇宙という部分は角田ならではのものです。

来る前は全く意識しておらず、ロケット模型の存在すら知りませんでしたが、来た時にこの関連のものを見たいという想いが湧きあがり、またこれが駅の割と近くで見れるというので、ホントこれは宮城県で最後に訪ねた市の旅として収穫でした。

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●角田駅 駅舎

前回記事の槻木駅と見まがうほどに似た規模/形状の駅舎です。

真ん中が直方体の上に半円状の形で両サイドが角ばった感じの建屋で。こちらの方が規模としては大きいかなというところです。

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2015年1月30日 (金)

JR槻木駅 (宮城県柴田郡柴田町)

宮城県柴田郡柴田町のJR・阿武隈急行/槻木(つきのき)です。

柴田町は宮城県の南東部に位置し、人口は39,160人(2014.12.1現在)で、郡部でありながら4万近い人口を誇り、山本周五郎作「樅の木は残った」のモデルになった樅の木がある所として知られています。

-JR・阿武隈急行/槻木駅
【路線】JR東北本線(東京-盛岡間)
    阿武隈急行線(福島-槻木間)
【開業】1891年1月12
【訪問】2015年1
【1日あたり平均乗車人員】 JR-2,788人/日 (2013年)
                 阿武隈-1,134人/日(2012年)
【近隣の主要駅(東京方面)白石駅→5駅
           (盛岡方面)岩沼駅→隣駅
           (福島方面)角田駅→4駅 
※阿武隈急行

●駅名標

「つきのき」と読みます。この日、今年の1月3日ですが、宮城県であと2つ未訪であった市があり、それが登米市と角田市でした。登米市の新田駅を訪ねてから、ただ一つ残った未訪の角田市へ向うにあたりJRから阿武隈急行へ乗り換えたのが、ここ槻木駅でした。

この駅名標はJRも阿武隈急行も含まれていて、緑のラインがJRで、左下の黒のラインで東船岡と結んでいるのが阿武隈急行の側です。

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●駅名標・2

阿武隈急行と銘打った、ひらがながメインの駅名標です。こっちのがJR、というか旧国鉄っぽい駅名標ですが…。

本来阿武隈急行だと終着駅になり、片側表示になるところですが、もう片側にJR東北本線の岩沼駅の名が記されています。

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●名所案内

歩いて行けるような所は…、、キロ単位の所ばかりで、磨崖仏群とか貝塚とか歴史に触れる事の出来るものもありました。

3km歩き、また帰れれば安くていい旅ができますが、時間も要るしで…。タクシーをそこそこに使えばそんなに高くなく行けるくらいのレベルかな、という感じですね。

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●ホーム

平たい屋根がホーム上に続いていました。

下2枚中上側の写真の右に写ってるのは、ここを発つ時に乗った電車です。

当地の属している「柴田町」と書かれてあるのが印象的でした。

下側の電車の写真は着いた時のものです。

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●待合室周辺

室内型の待合室がありました。

郡部ではありますが、JRと阿武隈急行を結ぶ拠点駅の雰囲気が滲み出ています。

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●跨線橋

緑の階段が印象的な跨線橋です。

左側に出ているのは駅の敷地そのものをまたぐ自由通路です。

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●跨線橋内

跨線橋の階段もそうですが、天井も内壁も同様に緑のカラーで埋め尽くされていました。

通路はやや広め、掲示物は張られていました。

突き当りの「槻木駅で」「槻木駅で」ってのが一昔前を思わせます。

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●跨線橋と柱

跨線橋のアップの姿とこの階段部分を支える柱とのカットです。

筋交いの通った細い柱でこの階段は支えられていて、その織りなす模様が美しく感じられました。一番下の足の部分の黄色いペイントも印象的でした。

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●ホーム(駅舎側)

待合室のある島式ホームから跨線橋を渡って来た、駅舎側のホームです。

椅子が割に多く並べられていました。

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●槻木駅 駅舎

予想に反して?の大きな駅舎です。

真ん中の半円の高い部分は中空のような感じになっていて、空も垣間見えます。

青空にこの真ん中上の半円部が、天空のように浮かんでる感じにも見えます。

この次に訪ねる阿武隈急行の角田駅も実に似た形で、最初混同してしまう程でした。

郡部の駅ながらこれだけきれいな頃で、見る価値ありと思います。当初行く予定はなかったのですが、待ち時間がそれなりにあったので寄れました。そんな事で出会う旅もあるのだな、といったところでした。

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