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04宮城県

2018年1月 7日 (日)

宮城/多賀城 古代の香りを今に…

宮城県多賀城市、JR国府多賀城駅からの歩き旅です。

(2017年5月当時)

●特別史跡 館前遺跡

国府多賀城駅前にある看板です。

多賀城跡の南東200mの台地上にある遺跡です。政庁跡との距離は600mとありました。また多賀城廃寺とは500mの距離で、政庁と廃寺を結ぶ形で存在していました。

この遺跡から見つかったものは9世紀前半に存在していたものとみられています。

多賀城といえば、日本屈指の古代城柵跡として有名ですが、この遺跡は多賀城に赴任した国司の館跡とみられているというような事が記されています。

9世紀初めといえば西暦800年そこそこで、平安時代に入った頃ですね。都が奈良から平安京に移った後で、この看板の下には復元模型がありますが、こんな立派な建物をつくる技術はいつから日本人に、人類についたのだろうか?と考えさせられます。

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●多賀城跡へのいざない

案内看板が出ていますが、この柵は駅の敷地との境のもので、ちょうど駅の柵の端っこから、この右端にある細い通路が多賀城跡への入口になります。ホントに駅前です。

しかしこんな端っこから始まるなんて、裏道っぽくでオープンな観光地ではないのかな?という感覚を受けてしまいました。

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●入口から駅を見る

駅の敷地の端っこからコソッと入るような感じで、細い通路を通っていき、そこからバックにある駅へ振り返ったカットです。駅の真ん前に遺跡敷地がある事が窺い知れるかと思います。

駅の近代的な建物と遺跡のマッチングした不思議な空間である事を感じます。

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●いざ

多賀城跡の敷地へ。

駅からの通路からはこんな景色です。

派手な建物やらが並び立っている訳ではなく、緑が広がる一帯という感じです。

多賀城は、今でこそ仙台にその座を譲っているようなところがありますが、奈良~平安期は東北地方の政治や文化の中心地だったといわれています。

大和朝廷が蝦夷を征伐する際に置かれた軍事拠点で、その始まりは724年と伝えられています。

10世紀後半ごろには衰退し、維持管理されなくなりという事で廃れていったといわれています。西暦でいうと900年代の後半ですが、歴史教科書レベルではこれといって特にない時期かな、という印象です個人的には。藤原氏が栄華を誇っていた時期ぐらいな感じですね。そんな頃にここは廃れていった訳ですね。

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●小高い丘の館前遺跡

遺跡周辺の様子です。

外から見たら丘になっているのも分かりますし、そんな所から間近で電車が通っていくのも見えます。

青い空とみどりの草むらのコントラストの実に効いたカットになっています。雲もいい感じで引き立ててくれました。こうして写真を撮る時に、雲というのは非常に重要な存在で、雲ひとつで素晴らしいカットになるか糞カットになるか?ではありませんが、本当に左右されるなというのを最近特に感じます。

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●政庁跡への道!

丘にある遺跡の部分を一段落した後はこの道を通って政庁跡へ。といってもグラウンドの横みたいなとこを通っていきますので、古代の雰囲気は一旦寸断された気がしました。

遺跡といっても何かがある訳ではありません。緑の大地に建って往時に思いを馳せるのみというところでしょうか。何もない事が空間として贅沢、といえるかもしれません。

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●政庁跡への道2

グラウンド横を抜けた後は、普通の路地へ。

向こうの十字路を越えていきます。

一連のエリアというより完全に別の所へ行くような気分でした。

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●更に進む

標識に沿い進んで行きます。

すっかり公園敷地内の自然あふれる景色にやって来ました。

ちなみにこれを撮った時期は昨年のGW期間中の正午ごろです。そんな状況で、こののどかさはすごいです。観光客なんてホント居やしませんでした。

極力人の居ない時を狙ってこういう風景写真を撮るようにしていますが、ここはその心配もせずにその時々の想いで撮っていて、観光客で溢れる街では少なくともないとみて良いかと思います。確かにちょっとGWの谷間のような日ではありましたが。

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●つぼのいしぶみ

多賀城碑のカッコ書きとして、このように書かれていました。

歴史で有名な坂上田村麻呂(758-811)が大きな石に矢尻で記したものとして、後に江戸初期に発見される事となりますが、その間に多くの歌人がこの「つぼのいしぶみ」について詠っており、その多くが「遠くにあるもの」「よく分からないもの」という内容であったようです。

田村麻呂を語る時に「征夷大将軍」の言葉がついて歩き、最初の征夷大将軍みたいに向きもありますが、初代は大伴弟麻呂(おとまろ)という人物が最初で、田村麻呂はつづく2代目となります。

また「征夷」とつくので「蝦夷を討伐する」意味合いでつけられた役職と思われ、一定の東北平定がなされてからは廃れていったようですが、鎌倉から続く武家政治での「将軍さま」はまた征夷大将軍と呼ばれるようになり、元々の意味と合っていない形ですね。

とにかく、多賀城関連敷地をずっと歩いていてようやくこのようにハッキリした、有形のモノに出会えました。分かり易く歴史を感じ取る事ができるというものですね。

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●政庁-南門道路

カッコ書きとして「萩大路」と記されていました政庁への道で古代都市「多賀城」のメインロードでもあったといいます。

元々はこの辺りはコスモスやポピーの植樹で道路を形成していたといいますが2011年の東日本大震災にて、それが崩れてしまい、今は「みやぎの萩」を植樹して道路として標示しているとの事で、その震災当年である2011年にグッドデザイン賞を受賞しています。

この道を通り、石段を上って行きます。正確には「石のくっついた坂道」ですが。

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●政庁正殿跡

という訳で階段を上った先には、この政庁跡がありました!当時の政治の中心地です。

ここが多賀城跡観光においてのメインの場所と思いますし、分かり易く歴史遺産を観光できたと感じられる場所でもありました。

外郭南門跡でもありましたが、ここも二重の屋根で復元イメージされており、これも誇張ではなくこのようなものと考えられてもおかしくないと思います。しかし当時の技術はある意味今よりすごかったのかもですね。機械がある訳ではなかった中、いわば手造りで建物をつくっていたというその方に感嘆してしまいます。色ももしこの通りであったとすれば、それもまた素晴らしいですね。

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●おまけ

最後は癒しの景色を。

特に観光において何という事が表現しづらく言葉で語り切れませんが、こういった癒される景色に出会うのも旅の醍醐味でありまして、非日常でもあると思います。日常があるから非日常がありで。

多賀城跡観光一択でやって来たこの国府多賀城駅ですが、これを見て興味をもつ方がおられれば幸いです。

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2018年1月 6日 (土)

JR国府多賀城駅 (宮城県多賀城市)

宮城県多賀城市のJR国府多賀城(こくふ・たがじょう)です

多賀城市では以前にJR多賀城駅をupした事がありますが、思ったような観光ができず、いわゆる「多賀城」を見たいと思って、同市内の別路線にあるこの駅に去年やって来ました。

 -JR国府多賀城駅-
【路線】
JR東北本線(東京-盛岡間)
【開業】2001年9月29日
【訪問】2017年5月
【1日あたり平均乗車人員】 1,065人/日 (2016年) 
【近隣の主要駅 (東京方面)仙台駅→4駅
           (盛岡方面)塩釜駅→隣駅 


●駅名標

元々仙石線に多賀城駅があって、この駅は2001年になってできた21世紀生まれの若い駅で、多賀城市の要請によってできたいわゆる「請願駅」です。

多賀城の政庁跡が真ん前にあるのがこの駅の最大の特徴で、

多賀城政庁跡を見たいなら、多賀城駅ではなく、この『国府』多賀城駅へ行ってください。

ちなみに隣駅は塩釜市の中心・塩釜駅ですが、これとやはり仙石線の西塩釜駅とは別路線となっています。ただこの両者は徒歩移動が問題なくできますが、多賀城-国府多賀城間は約1kmの距離があります。時間があれば徒歩移動できなくもないのですが、手早く政庁跡を観光したいなら、この国府多賀城駅一択です。

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●ホーム

2面2線の橋上駅舎で、階段を上がった先に改札があります。

ホーム上に屋根が長く取られていますが、幅が狭かったです。そして天井の柱のサビ具合が渋すぎました。

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●時刻表

東北本線の時刻表です。こちらは上りで仙台方面になります。

ほぼ1時間に2本以上はコンスタントにありますが、終電が22時31分!

仙台駅までは4駅で着くので、便自体が早じまいという感じです。ここから仙台へ夜遅くに、という事がないのでしょうかね?

しかし9時台に5本もあるのは、それほどの需要があるという事でしょうか?

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●歩いてみよう!多賀城跡

という事で、ズバリそのものです。

多賀城跡はすぐ近くにあります。

片側は政庁跡が広がり、反対側には廃寺跡があり、と観光には事欠かない。多賀城行くならここでしょという模範的な観光地があります。歴史好きの方には特に。

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●自由通路

駅の自由通路で、両側の出口へ繋がっています。

右の窓側の赤い柱が大変印象的ですが、多賀城の政庁跡を表したものと思います。

エレベータもついています。

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●歴なび多賀城

駅構内に貼ってあったポスターです。

「アプリと共に探訪する歴史遺産」とありました。スマホやi-Padでダウンロードして旅行に役立てようというものですね。単なる観光ポスターかと思っていましたが。

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●駅前俯瞰

駅前広場を上から見た様子です。

ロータリーの形はできていますが、全般にひっそりした雰囲気でした。

真ん中の模擬政庁?がこの駅のトレードマーク的存在です。

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●バス停と駅前広場

ミヤコーパスというところのバス路線が駅前広場へ乗り入れています。ひっそりとした駅前に何度か行き来していたのは見ました。

「国府」のつかない多賀城駅を経て汐見台中央という所までのバス路線です。平日は1時間にほぼ1本の計14本が出ていますが、土日になると多くの便が運休となり2~3時間に1本ペースの1日計5本と半分以下に減少します。

ちなみに多賀城駅へは約10分で結びます。距離的には1kmほどにつき、かなり回り道をするものと思われます。

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●駅前オブジェ

ロータリーの真ん中に写っていた疑似政庁のオブジェです。

実際にこういう建物だったか分かりませんが、歴史に思いを馳せる、そんな導入としての役割を果たしているのかな、と感じます。

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●国府多賀城駅 駅舎

多賀城駅よりは小規模となりますが、歴史ある観光名所があるだけにそこそこの規模ではあります。

また駅の形がちょっと面白くもあります。てっぺんの平屋根がせり出している感じも。2F部分の庇の役目を果たしているのでしょうか。

建物の下の空洞部分も高くなっていて、建物が大きな口を開けているような感じでした。

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2017年11月16日 (木)

JR鳴子御殿湯駅 (宮城県大崎市)

宮城県大崎市、JR鳴子御殿湯(なるこ・ごてんゆ)です

大崎市ではJR古川駅をupした事がありますが、これにつづく駅の御紹介です。。

-JR鳴子御殿湯駅-
【路線】
JR陸羽東線(小牛田-新庄間)
【開業】1952年1月25日
【訪問】2017年5月
【1日あたり平均乗車人員】 60人/日 (2016年) 
【近隣の主要駅 (小牛田方面)古川駅→10駅
           (新庄方面)鳴子温泉駅→隣駅、最上駅→6駅   


●駅名標

陸羽東線の途中駅に降り立ったのは、この時(今年5月)が初めてだと思います。というか、通った事さえも初めてだったかもしれません。

この時はGW初日に宮城県の名取市に用事があって、連休の旅はここを基点にしばらく宮城を巡ろう、と突発的に思い立ち、どこか温泉街に泊まりたい!という事で探したのがこの東鳴子温泉でした。それでわざわざ陸羽東線に乗り入れたという訳です。

写真入りの駅名標は長野県の駅を思い出しますが、ここ宮城県にもありました。隣は鳴子温泉駅で、まさに鳴子温泉街の駅なのですが、ここ鳴子御殿湯駅は鳴子温泉の温泉街の駅となります。

そもそも今の駅名になったのが1997年とつい最近の事で、それまでは「東鳴子駅」を名乗っていました。東鳴子に仙台藩藩主専用の風呂である「御殿湯」が置かれていた為、この名前に変わったようです。

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●ホーム

「ようこそ鳴子御殿湯駅へ」という長い幕が塀にかけられていました。温泉街の交通中心地というか、そんな役割を負っているのかな、という感じがしました。

1952年開業という時期的に中途半端な時期にできた駅で、隣の鳴子温泉駅駅とは2.2kmの距離で十分歩いて行けます。実際この時、歩いて鳴子温泉駅まで行きました。道中、温泉旅館が多数見れて、景色として面白かったです。

ホーム自体は1面1線の最小限の状態で、屋根のあるエリアもそんなには広くなかったです。

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●改札

木組みの新しい感じの改札でした。

駅自体は2004年に改装して新築し、テープカットまでやる程、本格的に行なわれたといいます。

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●駅舎内部

2004年に新築された駅舎は大きな建物ではありませんが、中身はこんなに凝っていて立派です。1日の乗車人員がわずか60人の駅にこの贅沢さsign03さすがは温泉の駅というところでしょうか。

座るところでも何人分座れるんだ?というぐらいあります。畳敷きのスペースもあるくらいで、行ってみればここで寝ることだってできます(笑)

額のように飾ってある、カラーをバックにしたイラストがとっても印象的で、駅の中の雰囲気をずいぶん盛り上げています。

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●時刻表

おおむね1時間に1本程度のダイヤとなっています。

この辺りは〇〇温泉駅的なところが4つぐらい続いたりしますが、ダイヤ間隔がこれくらいなので、それらの温泉を制覇するならダイヤをしっかり把握して計画的に行くべきと思います。

右には出札が覗いて見えますが、やっているのでしょうか。ここに来た時は早朝だったために誰も居なかったのだと思いますが…。

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●周辺案内図

ここが東鳴子温泉で、西隣が鳴子温泉ですが、両サイドには更に中山平温泉、川渡温泉と広がる温泉エリアです。日本広しといえど、これだけ温泉関連駅が続いているエリアもないのではないでしょうか。

鳴子から北上しても鬼首温泉郷という温泉エリアに行き着き、それはもう温泉温泉した地域だとつくづく感じます。

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●新駅舎開業写真

2004年に改築されたと何度か書いていますが、この駅舎内は、その新駅舎開業時に因んだものが多数見られます。

ここにもその関連写真という事で、旧駅舎のカットがあります。左側の分はホームの様子と思われますが、今よりかなりゴツゴツしたものと思われます。

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●旧駅舎スナップ

左側に特に旧駅舎の様子が見て取れます。あまり詳しくは撮りませんでしたが…

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●新聞記事切抜き

これも新駅舎開業関連の記事です。

この日を境に生まれ変わった旨の記載が多い気がします。駅名が変わったのはこれの7年前の事ですが。駅名変更より駅舎変更の方がはるかに大きく取り上げられています。

しかし悲しいかな駅舎が改築された2004年の平均乗車人員はかろうじて100人を超えていたのですが、今や60人にまで落ち続けています。50年ぶりの駅舎改築もそういう意味での効果は上げきれていない状態です。

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●東鳴子界隈

この鳴子御殿湯駅周辺の宿を中心とした地図で、ピンクで塗られた建屋が宿と思われ、実際この時に泊まった宿もここにピンクで塗られています。東鳴子よりも鳴子温泉の方が件数も多く賑わいもあります。

この辺りは食べに行く所も殆どなく、娯楽というものが皆無です。ただただ自分の泊まる宿の温泉を楽しむ事と、寂しげな夜の街を散歩するのが楽しむといえば楽しみでしょうか。夜歩き回ると結構孤独を感じたものでした。浴衣を着た温泉観光客がすれ違う、なんてことは殆どありません。ただ寂しい分、のどかさというか非日常は感じられます(笑)

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●駅前広場

温泉街の案内地図と自転車置場があるくらいで、あとは坂道の広場があるだけの空間です。観光案内地図は右側には各宿の名前が列挙されています。こう見ると宿は結構あるんだなと思わされます。

よく確認していませんでしたが、バス停もないです。この坂を下りてT字的に交差しますが、その両サイド約100m位の位置に各々バス停がありますが、この駅まで乗り上げてくるバスはないようです。

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●鳴子御殿湯駅 駅舎

内装が実に充実した感じで、中から見たらどんな大きな駅かな?と思いますが、こうして見ると実にこじんまりとした感じの駅です。この通路の向こうに入口があって、その中は贅沢な空間が広がっています。

正面の通路を無視してサイドからホームへ直接行く事も出来ますし、わざわざ駅舎に入る用の無い方はそうするのでしょう。手書き風の駅看板も印象的でした。駅看板にJRと銘打っていないところも逆に味が出ていていいなと感じました。

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2017年5月 4日 (木)

仙台空港鉄道/仙台空港駅 (宮城県名取市)

宮城県名取市の仙台空港鉄道/仙台空港(せんだい・くうこう)です

名取市では、JR名取駅 をupした事がありますが、これ以来の名取市の駅記事です。

-仙台空港鉄道/仙台空港駅-
【路線】
仙台空港鉄道 仙台空港線(名取-仙台空港間)
【開業】2007年3月18日
【訪問】初訪問-2014年11月
【1日あたり平均乗降車人員】 4,535人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (名取経由仙台方面)名取駅 →3駅、仙台駅→7駅
           (名取経由福島方面)岩沼駅→5駅



●駅名標周辺

とかくアクセスが問題になりがちな空港ですが、鉄道駅としてあると非常に便利であり、そんな空港駅のひとつです。他に空港駅で思いつく所といえば、成田、羽田は実は行った事ありませんが、存在するでしょうし、関西空港、新千歳空港、神戸空港、セントレア、米子空港、宮崎空港、那覇空港…etcでしょうか。機能している空港の数からするとまだまだ少ないです。

「仙台空港アクセス線」の愛称をもつこの路線の駅は2007年開業と比較的新しく、仙台空港駅と名乗っていますが、所在地は宮城県名取市であり、当駅と名取駅までの7km程度が仙台空港鉄道線に属しています。ここから名取駅を経てJRに入り仙台駅まではトータル7駅となります。といっても仙台駅までは直通乗入れするので乗換は不要です。また、名取駅と仙台駅しか停車しない「快速」もあります。

その仙台駅までは各駅で30分程度、快速だと17分ほどで着きますが、快速は1日全80本程度のうちわずか4本しかなく、先日偶々快速に乗る事ができましたが、やはり速い感じはしましたね。普通に考えたら仙台までの所要時間は30分と認識しておいた方が良いと思います。また、ダイヤ的にもそんなに頻度がなく、1時間に2、3本ほどです、待っているそばから次々に来るという感じではありませんsmile

開業してまだ10年という事ですが、その間に東日本大震災があり、本路線も被害を受け、全線復帰するのに約半年を要したといいます。かかった費用は30億円とも。当時まだ開業4年ほどだったと思いますが、最初から厳しい局面を迎えた訳ですね。

写真は初訪問時の2014年11月当時のものです。実は数日前にも行ってきたばかりですが、この辺りの風景は殆ど変わってなかったです。ただ開業10年の歩みの展示をしていましたので、今行かれたらそのパネルは見られると思います。

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●ホーム

1面2線のみの半円状の屋根が印象的なホームです。

骨組みがずーっと続いていって、真ん中の柱がまたいい味出しています。

手前が改札側ですが、階段も何も無く、そのまま右に曲がる形で改札へ至り、更に右に曲がって、つまりこのホームと平行に通路があり、これが空港へと繋がっていきます。

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●改札内

改札を入ってすぐの地点です。

左側がホームで、1番線2番線とそれぞれ矢印表示されていますが、そのまま進めば右側に1番線があり、左側に2番線があるのみで、階段もエスカレータも何もなく行く事ができます。また終着駅につき、仙台への電車がただ出ているのみで、本数的に発車が何十分間隔につき乗り間違う事もありません。

右側はトイレがあり、またこの写真右端に覗いて見えるのは待合室です。

先日訪問時は手すり?の辺りに沢山看板がありました。

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●改札外

こちらは改札を出た直後の周辺の様子です。

大きな窓とステンドグラス調?ジャンル的によく分かりませんがアートが印象的でした。

左下の電車のセットは今もまだありますが、ここより少し10mほど?出口寄りに移転されていました。日付が入っているので来場記念写真用と思われます。

電車の右側の女性は「鉄道むすめ」として、「社みなせ」というキャラクターだそうです。この名前にはこの仙台空港鉄道線の駅名が詰め込まれていて、社せきのした、美田園、名取、仙台空港のそれぞれ頭文字をいくつか取って、という感じですね。

色んな所にこのようなキャラクターがあるようですがトミーテックが中心となって展開しているのだとか。東日本に行くと、そこかしこで見かける印象がありますが、関西ではあまり見ないですね。鉄道ヲタの中ではたとえば、「〇〇ちゃんに会った」とかコンプリートしたとかそんな感じで楽しむもんなのでしょうか。

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●エスカレータ

駅は2F部分にあり、地平からはエスカレータが出ています。駅と空港も通路で繋がっていますが、地平に下りる時はこれを利用します。

ちょっと分かりにくいのですが、「東日本大震災」として左側に貼ってあります。当時この地にやって来た津波の浸水した高さです。これでもエスカレータの途中ですが、真ん中とまで行かずとも結構な高さのところにありました。勿論当初はこのようなものがなかった訳ですが、これをつけざるを得ない状況になってしまったのが悲しいですし、やはりこれがただの伝えで終わらずに、風化させることなく教訓として存在を放っていてほしいところです。

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●空港とジョイント

右側が当駅で、空港と繋がっているのが窺えます。2007年にできたばかりの駅なので、いかにも後付け感が見て取れますが、駅ホームから空港までほとんど段差なくアクセスできるのは素晴らしいところです。

国内線がこの位置にあり、向こうに国際線があります。東北地方を代表する国際空港として、国際線では上海やソウル、台北などアジアを中心に、他にグアムへの便も出ています。ただ各路線で毎日便が出ている訳ではなく、上海は週2日、台北は週4日といった具合で、その辺りは発着日を考えなければならないのが現状です。

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●仙台空港駅 駅舎

外観はちょっとごつい感じですが、ここから左側へシュッと細くなって通路部分が続いていき、空港へのジョイント部分と、地平へ降りていく部分と分かれていきます。多少の待合スペースと後は通路のみの駅という感じですが、大半は仙台空港へ行ってしまう訳で、ここ自体でそれほどスペースを取る事はないかな、というところでしょうか。

このような立方体に近い形の駅って逆にあまりなくて新鮮な印象も受けました。震災を乗り越えて東北地方のメインの玄関としてさらなる発展を遂げていってほしいものです。

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2016年9月 8日 (木)

宮城/塩釜 塩釜から西塩釜への道

宮城県塩釜市、JR塩釜駅周辺の様子です。

(2009年8月当時)

●マンホール

塩釜市のマンホールです。

ここ塩釜で巡った場所が実は殆どなくて、JR塩釜駅と、別の線で近くを走っている西塩釜駅への移動のみです。それも結構短距離で。塩釜は港町なのは前々から知っていましたが、ここが実際どんな暮らし向きか、知ってみたいてす。行っておいてこう書くのは何ですが、ホントに殆ど滞在していませんでした。

マンホールは市の花であるシラギクを全面にあしらったものです。デザイン自体は何の変哲もない…と思ってしまいますが、よく見ると真ん中下に「東玉川」なる文字があります。ここが他の自治体と違う点で、この枠内に、設置されている地区名が入っています。「多摩川」というのもあるそうで、これはなかなか…後から知った事ですが、オドロキでした。

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●塩釜駅前

幅の広い道が通っていたりして、そこそこの駅前通りの雰囲気はありますが、高い建物で並ぶといった感じではありませんでした。宮城県で人口10万超といえば、仙台をはじめ大崎、石巻といったところで、他は中小都市という感じで無理からぬ部分があるかな、というところです。

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●さらに駅前

マンションなどピンポイントには高い建物がありますが、それ以外は歯抜け状態が結構ある印象でした。

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●公民館入口バス停

という名前の下に「白百合学園のりば」とありました。白百合学園とはまたドラマに出てくるような名前!と思いましたが、学校は仙台市にあるそうです。で、ここには各方面に出ているスクールバスの停留所があるという訳です。ここから1時間強かかって学園へ辿り着くのだとか。

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●駅前道路突き当たり

塩釜駅からまっすぐ東へ伸びる道路をそのまま歩いて突き当りの所です。かなり西塩釜駅に近い場所で、これを左折して歩いて程なく右折すると西塩釜駅です。距離にして600m程でしょうか、駅出て直進して左折して歩くと見えてくる、という感じです。

塩釜駅はJR東北本線で、西塩釜駅はJR仙石線という線に所属する別路線です。幅が広がったり狭まったりしながらも、この辺りでは両者は平行に通っています。

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●西塩釜駅前

まで来ました。

この手前のだいぶ色褪せた横断歩道のすぐ向こうを右に曲がると、西塩釜駅が目の前です。

西塩釜駅は歩道橋を降りると、狭い路地になっていて、そこから真正面を見ると、この左側にある「福助や」というお店の建屋が見えます。つまりここの駅前は、さして駅前広場もなく、唐突にこのような商店街に入っていく格好になります。

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という訳で、次はもっとちゃんと訪ねたいと思った塩釜市でした!

2015年4月 5日 (日)

宮城/角田 長泉寺と心に響く石

宮城県角田市、阿武隈急行/角田駅からの歩き旅です。

(2015年1月当時)

●角田市マンホール

まずはマンホールから、という事で、市の花であるリンドウが外周を覆い、真ん中にはロケットが配されています。これは市内の台山公園に展示されている宇宙展示館のロケットを模しており、宇宙研究所のあるこの角田市内を大きく象徴するものです。

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●駅前通り

駅記事にも雰囲気として載せましたが、もう少し駅から離れての駅前通りのカットです。

やはりかなり見晴らしよい感じで、高い建物はさして見当たりません。

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●通りを往く

実際に歩いてみて、商店や住居が点在した通りである事を実感しました。

なかなかにのどかな雰囲気でした。

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●第三十一番

伊具三十三観音第三十一番として長泉寺十一面観音とありました。

歩くうちにたどり着いた「長泉寺」です。

その歴史は古く1436年に福島県石川町で建てられたことに始まり、1598年に時の領主の移封に伴い、この角田の地に移された事で、角田での歴史が始まる事となります。

ちなみに冒頭の「伊具」とは、県南東部に伊具郡という郡が存在し、現在は丸森町のみが属していますが、角田市も1958(昭和33)年までは伊具郡に属していました。

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●長泉寺

の山門です。薬医門と言われる形式の門です。

「高源山」とあり、曹洞宗のお寺です。

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●境内

に入ってのカットです。

左側に藤棚、その向こうに鐘楼がありました。

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●鐘楼

見事なフォルムの木造の鐘楼です。

ここに釣られている鐘は、1661年に角田の4代目当主・石川宗弘が奉納したという歴史あるもので、明治の初年である1868年には盛岡からここ角田に移る事となった南部藩兵の目を逃れる為に濠に沈められた事もあった(結局、藩兵の移封はなくなったそうですが…)といい、そんな事を経て今に至ると知ると、益々この鐘の貴重さが分かるというものですね。

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●本堂

真新しい感じで、立派な本堂がデンと構えています。

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●佛足石

境内にはいくつかの大きな石があるのですが、まずはこの「佛足石」

佛の特徴を示す32相の七瑞祥紋の全てを佛足文様として石刻し信仰の対象としたもので、インドでは2000年前よりこのような信仰があるそうです。

奈良の薬師寺にある日本最古の佛足石(国宝)のものを写刻したという事で、下の写真にその仏さまの足跡として描かれている様子が分かります。

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●磬石(けいせき)

境内にあるもう一つの大きな石として、鐘楼の足下にこの「磬石」があります。

「音が鳴る不思議な霊石」とあります。

心の音色が浄土の世界に響くように、という事で、傍に置いている石で、この大きな石を叩いてみてください、とありました。

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という事で、この石で叩いてみます。

石が石を叩く音しかしないんだろう?それを心の中で響かせないといけなかいのかな??とか思っていましたが、本当に音がしました。

中が空洞になっているのか?分かりませんが、鐘のように音が響いていました。

角田で出会った印象的なものとして2つあるのですが、これは自分の中ではその大きな1つとして挙げます。その訪ねた町々にひとつの思い出があればいいと思うのですが、そういうものを得て帰れて幸せと思うし、これがまた旅して良かったと思える事ですね。

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2015年2月 6日 (金)

阿武隈急行/角田駅 (宮城県角田市)

宮城県角田市の阿武隈急行/角田(かくだ)です。

角田市は宮城県の南東部に位置し、人口は30,107人(2014.12.1現在)で、古くは養蚕が盛んで、その後は電機や自動車部品メーカーなどが進出しています。また宇宙開発機構の実験・開発施設である「角田宇宙センター」があり、高さ約40mの大きなロケットの模型が立っています。

-阿武隈急行/角田駅
【路線】阿武隈急行線(福島-槻木間)
【開業】1968年4月1
【訪問】2015年1
【1日あたり平均乗車人員】 1,724人/日(2001年)
【近隣の主要駅(福島方面)岩沼駅→隣駅
           (槻木方面)槻木駅→4駅

●駅名標

今年の1月3日、2015年初の未訪市訪問を登米市にて行なったのですが、そこからJRで槻木駅まで出て、ここで阿武隈急行に乗り換えて辿り着きました。

宮城県で最後に訪ねた市であり、この到着を以って宮城県全市訪問達成となりました。東北地方で残る未訪市は、青森県十和田市と岩手県陸前高田市の2つを残すのみです。

角田市の中心駅であり、角田市は近隣の槻木駅がある柴田町より人口が少ないながらも駅利用者数は、この角田駅が阿武隈急行線内では最多となっています。

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●名所案内

とは書いておらず、唐突に「梅花の里」とありました。

で、その下に色々と…。

徒歩圏内で行けるのが上の2つぐらいですね。スペースタワー・コスモハウスって事で、JAXAの角田宇宙センターがある事もあり、ここに大きなロケットの模型が立っています。高さ40mにもおよび、この時、角田で行く所はここ!と決めたのが駅を出て、大きなロケットが見えた時からでした。その時まではどこへ行くか全く決めてませんでした、自分の旅ではよくある事ですが…

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●ホーム

細い柱で支えられた屋根のある部分が結構長く続いています。

余分なものがない閑散とした雰囲気でした。

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●跨線橋内部

階段部分と橋の部分です。

いずれも通路幅としてはやや狭めで窮屈な雰囲気で、掲示物は全く無しでした。

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●俯瞰

跨線橋からホームを眺めた様子です。

こうして見ると屋根のあるエリアは結構広く取られているなと感じます。

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●絵つき駅名標

絵のついた吊下げ式の駅名標が別にありました。

ロケットの町、という事をアピールしたものとなっており、その事がこれを見て完全にこの町のイメージとして結びつきました。

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●駅から目線

駅出ての景色です。

駅前の通りは実に見晴らしがよく、道路のサイドに建物がない感じでした。市の中心駅の駅前らしからぬ光景でした。

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●オーク・プラザ

と銘打たれたこの駅舎には角田市観光物産協会が入っています。

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●オーク・プラザ2

同じくですが、「宇宙」が独特でした。

自然や歴史ってフレーズはどこの町でも語られる事ですが、宇宙という部分は角田ならではのものです。

来る前は全く意識しておらず、ロケット模型の存在すら知りませんでしたが、来た時にこの関連のものを見たいという想いが湧きあがり、またこれが駅の割と近くで見れるというので、ホントこれは宮城県で最後に訪ねた市の旅として収穫でした。

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●角田駅 駅舎

前回記事の槻木駅と見まがうほどに似た規模/形状の駅舎です。

真ん中が直方体の上に半円状の形で両サイドが角ばった感じの建屋で。こちらの方が規模としては大きいかなというところです。

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2015年1月30日 (金)

JR槻木駅 (宮城県柴田郡柴田町)

宮城県柴田郡柴田町のJR・阿武隈急行/槻木(つきのき)です。

柴田町は宮城県の南東部に位置し、人口は39,160人(2014.12.1現在)で、郡部でありながら4万近い人口を誇り、山本周五郎作「樅の木は残った」のモデルになった樅の木がある所として知られています。

-JR・阿武隈急行/槻木駅
【路線】JR東北本線(東京-盛岡間)
    阿武隈急行線(福島-槻木間)
【開業】1891年1月12
【訪問】2015年1
【1日あたり平均乗車人員】 JR-2,788人/日 (2013年)
                 阿武隈-1,134人/日(2012年)
【近隣の主要駅(東京方面)白石駅→5駅
           (盛岡方面)岩沼駅→隣駅
           (福島方面)角田駅→4駅 
※阿武隈急行

●駅名標

「つきのき」と読みます。この日、今年の1月3日ですが、宮城県であと2つ未訪であった市があり、それが登米市と角田市でした。登米市の新田駅を訪ねてから、ただ一つ残った未訪の角田市へ向うにあたりJRから阿武隈急行へ乗り換えたのが、ここ槻木駅でした。

この駅名標はJRも阿武隈急行も含まれていて、緑のラインがJRで、左下の黒のラインで東船岡と結んでいるのが阿武隈急行の側です。

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●駅名標・2

阿武隈急行と銘打った、ひらがながメインの駅名標です。こっちのがJR、というか旧国鉄っぽい駅名標ですが…。

本来阿武隈急行だと終着駅になり、片側表示になるところですが、もう片側にJR東北本線の岩沼駅の名が記されています。

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●名所案内

歩いて行けるような所は…、、キロ単位の所ばかりで、磨崖仏群とか貝塚とか歴史に触れる事の出来るものもありました。

3km歩き、また帰れれば安くていい旅ができますが、時間も要るしで…。タクシーをそこそこに使えばそんなに高くなく行けるくらいのレベルかな、という感じですね。

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●ホーム

平たい屋根がホーム上に続いていました。

下2枚中上側の写真の右に写ってるのは、ここを発つ時に乗った電車です。

当地の属している「柴田町」と書かれてあるのが印象的でした。

下側の電車の写真は着いた時のものです。

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●待合室周辺

室内型の待合室がありました。

郡部ではありますが、JRと阿武隈急行を結ぶ拠点駅の雰囲気が滲み出ています。

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●跨線橋

緑の階段が印象的な跨線橋です。

左側に出ているのは駅の敷地そのものをまたぐ自由通路です。

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●跨線橋内

跨線橋の階段もそうですが、天井も内壁も同様に緑のカラーで埋め尽くされていました。

通路はやや広め、掲示物は張られていました。

突き当りの「槻木駅で」「槻木駅で」ってのが一昔前を思わせます。

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●跨線橋と柱

跨線橋のアップの姿とこの階段部分を支える柱とのカットです。

筋交いの通った細い柱でこの階段は支えられていて、その織りなす模様が美しく感じられました。一番下の足の部分の黄色いペイントも印象的でした。

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●ホーム(駅舎側)

待合室のある島式ホームから跨線橋を渡って来た、駅舎側のホームです。

椅子が割に多く並べられていました。

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●槻木駅 駅舎

予想に反して?の大きな駅舎です。

真ん中の半円の高い部分は中空のような感じになっていて、空も垣間見えます。

青空にこの真ん中上の半円部が、天空のように浮かんでる感じにも見えます。

この次に訪ねる阿武隈急行の角田駅も実に似た形で、最初混同してしまう程でした。

郡部の駅ながらこれだけきれいな頃で、見る価値ありと思います。当初行く予定はなかったのですが、待ち時間がそれなりにあったので寄れました。そんな事で出会う旅もあるのだな、といったところでした。

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2015年1月25日 (日)

JR新田駅 (宮城県登米市)

宮城県登米市のJR新田(にった)です。

登米市は宮城県の北部に位置し、人口は81,429人(2014.12.1現在)で、旧登米郡の8町と本吉郡津山町の実に9町もの合併により2005年にできた市です。

-JR新田駅
【路線】JR東北本線(東京-盛岡間)
【開業】1894年1月4
【訪問】2015年1
【1日あたり平均乗車人員】 386人/日 (2013年)
【近隣の主要駅(東京方面)小牛田駅→4駅
           (盛岡方面)一ノ関駅→6駅

●駅名標周辺

普通に「にった」と読みます。京都と奈良を結ぶJR奈良線に同じ新田駅がありますが、こちらは「しんでん」と読みます。(その他JR以外にも「にった」駅が複数存在します)

2015年に初めて訪ねた未訪自治体がこの登米市であり、ここはその代表駅になりますが、市内には登米駅というのがないばかりか、ここの前所属自治体である「迫(はさま)」(町)を名乗る駅すらありません。その更に前身の新田村からとられていると思われます。

駅の開業は古く1894年で、19世紀から存在します。また1月4日開業ですが、訪ねたのは1月3日で、次の日が開業ちょうど121年という状態でした。一関で前夜より宿泊して、朝の電車に乗って6駅でここへ辿り着きました。

東北地方への正月時の訪問という事で、このようにしっかり雪に埋まっていました。

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●ホーム

上の駅名標でいうと、梅ヶ沢方面になります。

何にもない…市の中心駅なのかホントに?という感じです。

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●ホーム2

上の写真と反対側になります。

こちらは室内型の待合室と、両ホームをつなぐ跨線橋があります。

跨線橋の階段下には庇と柱が取り付けられ、待合室までの屋根のない区間を極力なくそうといわんばかりに伸びていました。

下の待合室のアップのカットは帰りに撮ったもので、白鳥の町という事を再認識しました。

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●ホーム3

上の写真と同じ方向ですが、右側に駅舎があるのが分かります。

ホーム上での屋根のない区間は殆どなく、跨線橋下待合室の間の部分のみといってよいくらいです。今では人口8万以上の市の中心駅にしては随分と寂しいものがあります。ただ、9町もの合併による市という事で、その辺りもこの寂しい様子の背景のひとつとなるのでしょう。登米市を訪ねるにあたり、何処へ行けばいいのか当初全く分かりませんでした。

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●跨線橋

かなりインパクトありました。

縁がこげ茶で、それ以外の外壁が薄めの茶色など配色がビビッドでした。窓はゴツい感じで段々に連なっていて、またその上縁がこげ茶で、下は筋交いの入った細い柱で支えられて…という、個人的に惹かれる要素の多いものでした。

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●駅を出て

すぐのカットです。

やや右向き気味のアングルです。

駅から伸びる駅前通りはなく、線路と平行に走るこのガードレールのある道が駅前通りにあたります。といっても、雪でだいぶ隠れてしまっていますね。

駅前広場はロータリー状ではないただのスペースでポツン電話BOXが置いてあるのみです。

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●地図

駅前にあった地図です。

旧自治体の迫町の時のものではないかと思いますが、当駅はど真ん中からやや左、周辺は沼が非常に多く、また白鳥の町としてアピールされているようだ、とここに来て初めて知りました。

来る前は、ここは観光に関しては中心地される左沼地区へバスで行かないと厳しいようだ、いう感覚でした。そこまで居られる時間もないし駅周辺だけ歩いて、次の地へ行く電車を待とう!思っていましたが、結果的にはだいぶ嬉しい誤算なりました。

来てみて初めて見つけるものかもある思うので事前情報はあまり念入りには調べません。何かある所か、なんにもないのか、それくらいは仕入れておきますが、基本同じ場所に長く居ないので1時間くらいで(時には20~30分とかも)巡れる所はあるか?なければ近辺歩いて終わり、のような…そんな旅ばかりで全国790近くの日本全市を訪ね歩いて、この時は未訪市はあと11というところまでこぎつけました(現在はあと「8」まできました)

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●バス停標識

が複数本立っていました。

左沼地区行きのバスも出ていましたが、やはり少し待ちが必要で、その頃にはもうここを出ていなければならない、という状況だったので左沼へ行くのはこの時点で断念しました。この時はまだ本当に駅前何にもなさそうだけど、とりあえず景色だけ見て帰ろう、という心境でした。

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●駅前(左側)

駅前広場から左を向いた形のカットです。

右側よりもこっちの方が駅前通りっぽい雰囲気が若干強い感じでした、店も並んでいるしで。なので散策はこちら側にて行いました。

真ん中に見えている店の前に置いてあるベンチが謎でした(笑)

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●新田駅 駅舎

三角の屋根はなかなか立派ですが、平屋のこじんまりとした駅舎です。

建屋は年季入ってそうですが、看板は取ってつけた感じになっていました。

登米市の代表駅として今後の発展はあるのかどうか…、見守っていきたいものです。

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2014年10月23日 (木)

宮城/岩沼 世の移ろいを目に…

宮城県岩沼市、JR岩沼駅からの歩き旅です。

(2009年8月当時)

●ようこそ岩沼へ

という事で、岩沼駅前にあった地図です。

駅の東側に出てきてますが、反対側は公園があったりのどかな雰囲気です。

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●駅前通り

高層マンションはちょこちょこと建っていますが、それ以外は割と低層の建屋が続き昭和時代の雰囲気も結構残っている感じでした。

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●岩沼市マンホール

真ん中が市章で、その外を市の花であるつつじ、外周は市の木であるクロマツが覆っている柄となっていて、外周には飛行機がありますが仙台空港がある事を表しているのでしょう。

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●飛行機

が飛んでいるのを撮る事ができました。

なかなかこんなにハッキリ撮れないんですが、飛行機の街でいいカットが撮れました。

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●民主党総支部

駅前にあった建屋には、この民主党宮城県第3区総支部がありました。時の代表である小沢一郎氏のポスターがズラーッと並んでて、「時代」を感じました。この時は民主党への政権交代直前でしたが、今や政権を手放して久しい状態にあり、時代の移ろいやすさを感じずにはいられないカットであり、個人的に岩沼といえばこのカットが真っ先に浮かびます。

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●旧家でランチ

ごつい感じの昔風家屋に「ランチ」の幟が!

旧家が商店に転用される事とかたまにありますが、これが飲食店に使われた例でしょうか?それともお店がこの建屋を意識してつくったのか…??

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●たてしたばし

と書いてある橋から。漢字では「館下橋」と表記するようです。

川というか広めの溝という感じですが、その横に住宅街の道路と緑道とがあります。

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●丸沼緑道

という事で、リバーサイドの?!緑道です。

住宅とを横目に自然の恵みも感じられるというなかなかよいシチュエーションでは?と思ったり。

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●あぶない!

最後はこの写真です。

かなり笑ってしまいましたが、どうやったらこんな落ち方するんだよ?と突っ込んでしまいました。災害という貴重な教訓の下に柵が張られ、注意喚起の看板がある訳なので、この手の不幸は起きてほしくないものですね!

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