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12千葉県

2019年3月10日 (日)

千葉/香取 佐原・雨に濡れた水の街

千葉県香取市、JR佐原駅からの歩き旅です。

(2011年2月当時)

▼まずはマンホールから。

ここは香取市ですが、旧・佐原市時代のマンホールでした。佐原は「さはら」ではなく「さら」です。今はこの「さわら」が「かとり」に置き換わっているかもしれません。

市の花あやめが描き込まれていますが、これは現香取市でも同じ市の花だそうです。

他に描き込まれているのは「水郷 佐原の原風景」をコンセプトにしたもの、だそうです。

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▼佐原駅南口からの駅前道路にあたる部分です。

そんな高い建物はなく、商店街という感じでした。

観光地は駅から少し歩く事となり、この辺りは普通に街の一部でした。

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▼上の写真から少し進んだ所で、佐原駅から100m程の地点です。

かなり建物的に渋さが増してきていました。

向こうには大きな鳥居が見えてきていますが「諏訪神社」の鳥居で、ここから参道的な道路になっていきます。といってもきわめて普通の道がしばらく続くのですが…。

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▼上の写真の交差点を左折し、東へ100m強歩いた地点です。佐原駅からだと200m強になるでしょうか。

「東通り」という事で、商店街独特の街灯と小さな幟が並んでいました。

「佐原の大祭」という関東三大祭のひとつと称される祭りがあり、そこでの秋祭りで沢山の山車が登場し、かなり華やかなものとなっていて、この幟に「大楠公」と記されているのは、大楠公=楠木正成の大人形の山車が現われる事と関係がありそうです。

楠木正成というと関西系で、この関東地方の佐原と何か関わりがあるのか?と思い調べてみましたがよく分かりませんでした。祭りの山車には様々な人物を模したものが現われますが、なぜ正成なのか?謎のままでした。しかもこうして商店街の幟にまで出てきているのに。

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▼だいぶ渋い建物が並ぶところへ出てきました。

手前の円城寺本店というてものはかなり渋いですね。看板にあたる面の形がレトロでした。これ以外にもコンクリートの渋い建物が続いていました。

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▼更に渋い街並みが続き、よりしっかりした?建屋群が続いていくここは観光客で賑わう辺りで、佐原駅から南東へ徒歩10分程度の地点です。

バス停の標識が3本立っていましたが「新橋本」とか「忠敬橋」とかありました。佐原といえば…というぐらいの象徴的存在の伊能忠敬の記念館が近くにあります。

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▼佐原の町並、として案内板がありました。いよいよもって観光地という感じで、見ておりました。

思った以上に賑わっていて、当初はそんな観光地だと思ってここまで歩いてきた訳ではなかったので、嬉しい誤算でした。

江戸末期の書物によると、佐原は下利根附随一の繁昌の地なる記載があったそうです。川がある事で水運が栄え、昼夜止むことなく狭い川を船が先を争ったとの記載もありました。そんなサバイバルをこの川でやっていたのか…と、今はのどかな川を見つめて思いました。

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▼モダンとよばれる建物もありました。

「佐原三菱館」という1914年に建てられた旧三菱銀行の支店だそうです。銀行支店の役割を終えた後、当時の佐原市に寄贈され、1991年には千葉県の有形文化財の指定を受けたという建物です。現在は観光案内所として使用されているとか。

旧ソウル駅舎のようで、どこか東京駅っぽさもあり、目に入ると大抵惹かれるだろうな、と思わされる建物です。

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▼この佐原地区の町並観光地のメインともいえる、小野川を挟んだ街の様子です。

当時のこの川幅がどの程度であったか分かりませんが、江戸時代はここでいろんな船が我先にといわんばかりにひしめき合っていたのかと思うと時代の変遷を思わずにいられず、そんな想いでこの川を眺めておりました。

このエリアをもつ佐原の街は、色々と呼び名があるようで、

  • 北総の小江戸
  • 水郷の街

などと呼ばれ、この小野川沿いの町並は、関東地方で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」に認定されています。他に関東では5ヶ所ほどしかなく(千葉県ではここだけ)、そんな貴重な街のひとつとなっています。

更には「平成百景」というものにも指定されており、どこもそこそこ名の知れた日本の景観のある所で、また「日本遺産」にもしてされ、そのようなもののひとつに選ばれているというのは、ここはやはり本物の観光地という事を感じます。

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▼ここに写っている中村屋商店の建物の辺りが市街地と古い街並みを繋ぐ場所になりますが、この建物の辺りの写真がどこから撮ってもいい感じで、撮り所としておススメと感じます。

この商店は江戸末期1855年の築といわれ、横にある白壁の土蔵は1892年の築といわれており、いずれも築100年を超す歴史ある建物です。右から読む商店名も当時からのものでしょうか。

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▼小野川沿いの佐原の町並を歩道目線で撮ったものです。

この時は雨降りだったので、歩道も濡れて光っていました。それで全体的にダークな雰囲気になっていました。

緩い曲線もあれば、きつい曲線もありで、メリハリのついた町並でした。

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樋橋(とよはし)とよばれる、小野川との町並の中で、象徴的な橋です。

別名をジャージャー橋といい、橋の部分で水が川に向かって落ちていく仕様にされ、今の姿になったのは1992年の事で、後年「日本の音風景100選」に選ばれています。

元々は農業用水を水田へ送るため小野川に架けられた樋であったものが、人の渡る橋へとなっていったという事です。

AKB48の「言い訳Maybe」という曲にこの橋が出てきます。メンバーが次々と自転車で渡っていきますが、このシーンでは晴れていたので、この下の写真とは全然違うもののような印象を受けました。

橋のたもとにある「天候不順のため欠航 」とあるのは、この川の観光遊覧船の事であり、通常は10:00~16:00の間に行なわれていて、約30分を1,300円でめぐるというものです。

天気が良ければ川を船がめぐる姿が見られたかもしれませんが、結構な雨が降っていて叶いませんでした。

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▼街並みを歩いていて横目に見える「伊能忠敬記念館」です。

佐原といえば伊能忠敬、というくらいの象徴的な存在で、この町並とともに観光名所として一体化しているのが、この記念館です。

残念ながら中には入りませんでしたが、伊能忠敬の生涯に迫り、また忠敬の業績といえる「伊能図」を余すところなくご紹介、とありました。また、地図の歴史にも迫るコーナーもあるとか、行っておけばよかったな、と少々後悔しました。

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▼伊能忠敬記念館から小野川を挟んで向かいにある「伊能忠敬旧家」です。

この母屋は忠敬自身の設計といいます。

伊能忠敬は現在の千葉県にあたる地の生まれではありますが、九十九里の生まれであり、伊能家へ婿養子に入る形でこの佐原へやってきたといいます。

当初は家業の醸造に勤しんでいたといい、勝手に生粋の測量家かと思っていましたが、測量に興味を持つようになったのは48歳ごろと「人生50年」の時代において、かなりの「御年」ではなかったかと思います。

江戸へ出たのは50歳の時で、測量を始めたのは55歳で、随分と大器晩成というか、今でいうと80歳くらいで物事を始めるようなそんな感覚でしょうか。とにかく年齢の割にかなりのバイタリティーを持った人物だったのだな、と感服せざるを得ませんでした。

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▼最後はここ、伊能忠敬旧宅の庭にあたる部分です。

「この一歩から」の碑文が心に沁みました…

日本全土の測量という大事業を成し遂げた人物でも、最初の一歩がなければ達成しえない事である訳で、この一言がすべてを物語っているな、と感じざるを得ませんでした。

伊能忠敬と佐原の街とでお届けしたこの香取市、千葉でも指折りの観光地と思われ、派手な所ではないと思いますが、歴史や町並を楽しみたい方にはうってつけの地だと思います。

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2018年12月21日 (金)

東武/流山おおたかの森駅 (千葉県流山市)

千葉県流山市東武/流山おおたかの森駅です。

流山市ではJR南流山駅をupした事がありますが、この駅はつくばエクスプレスも通っていて、今回の流山おおたかのもり駅はこの沿線にあります。

-つくばエクスプレス・東武/流山おおたかの森
【路線】つくばエクスプレス線(秋葉原-つくば間)
    東武野田線(大宮-船橋間)

【開業】(共通)2005年8月24日
【訪問】初訪問-2012年5月
【1日あたり平均乗車人員】 つくば-36,491人/日(2017年)
                  東武-56,910人/日(2017年)

【近隣の都市駅】(秋葉原方面)南流山駅→2駅 
           (つくば方面)守谷駅→3駅
           (大宮方面)野田市駅→5駅
           (船橋方面)柏駅→2駅

●駅名標

ながれやまおおたかのもり

ひらがな字数にして実に12文字の長い駅名です。

流山市には流鉄/流山駅という市名そのものを名乗る駅が存在しますが、この駅はあまり利用者数は多くなく、この「おおたかの森」駅の方が桁違いに多い形となっています。流山→南流山→当駅へと利用者数が流れていってるといいます、さすがは「流」山だと思いました。

「おおたかのもり」ってなんだ??って話ですが、実にそのまんまで「大鷹が生息する森」からきているそうです。当初の公募案の名称は「流山中央」であったといいます。

2005年に開業した新しい駅で、つくばエクスプレス開業が2005年8月24日で、これに合わせて開業した訳ですが、東武野田線としてもこの時に新設された形となります。

2017年に別の新駅が開業するまで12年間は東武では最新の駅で、野田線では今でも最新の駅であり、まだ13歳の若い駅です。

ちなみにこれは東武の駅名標です。

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●ホーム

これも東武のホームで改札のない側の様子です。

ちょうど電車が離れていくところです。

ここに写っている車両は東武野田線のもので、いかにもエクスプレスな感じではないものでした。

ホームは2面2線で、つくばエクスプレスは2面4線、共用ではなく別の場所にあります。

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●ホーム2

東武駅の改札側のホームの様子です。

幅の広いホームとなっていますが、東武ってホーム幅が広かったり駅名標の幅がワイドだったり、何かと幅広い?なと、よく思わされます。

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●階段とエスカレータ

これを上がって改札へ向かいます。

つくばエクスプレスへの乗換は改札を一旦出てからとなります。

若い駅だけにきれいです。この時が2012年5月なので、まだ7歳にもなっていない頃の駅の様子です。

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●ホームを見下ろす

階段を上がった後の窓からホームを見下ろした形です。

ホームの真上は屋根が広く覆われていますが、間の線路の部分は両端をつなぐものだけが断続的に存在していました。

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●東武駅舎

右肩下がりのサイドの駅舎です。ちょっと体育館っぽいというか。

テラスではありませんが、それっぽいものが装飾されていて、このサイドでは青色のものが施されています。

駅前広場は森の中っぽい雰囲気でした。

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●東武駅舎2

今度は反対に右肩上がりのサイドです。

窓の下の施しはこちら側では赤色になっています。

色違いになっているとはなかなか凝っていますね。

駅前広場の様子を見ると、こちらの方が明らかにメイン側という感じでした。

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●つくばエクスプレス駅名標周辺

さて、ここからはつくばエクスプレス側のホームの様子から入りたいと思いますが、先ほどの東武が2012年5月の様子ですが、ここからの写真は2017年5月当時の様子となります。

駅名標は赤バックに白抜き文字です。

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●沿線地図

真ん中やや左下から右上へ赤く伸びているのが、つくばエクスプレスの沿線となります。

真ん中左下が秋葉原駅(東京駅からJR山手線で2駅)で、これを右上に青矢印で辿った先にあるのがここ「流山おおたかの森」駅であり、東京からこんなに近い訳です、と言いたい訳です(笑) 両隣は共に長い駅名で、長い駅名が続く沿線となっています。

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●ホーム

高架ホームで、東武と違って線路上にあたる部分もかなり屋根で覆われています。

濃いブルーの柱や梁が印象的なホームです。

先述通り2面4線のホームで、それぞれ1面2線ごとに上り下りが割り当てられています。

そしてホームに柵が施され、自動開閉型になっています、さすがはつくばエクスプレス。

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●階段

高架ホームを降りていく様子です。

新しい駅だからかスタイリッシュです。

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●出口

駅を出て、階段を下りる所です。

降りた先には広場が広がっていますが、階段のサイドが波状になっていてデザインとして面白いと感じます。

エスカレータの屋根部分も曲線状で、曲線がふんだんに利用された駅といえます。

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●パネル展示

駅前のショッピングセンターである「おおたかの森S.C.」の開業10周年を記念して、広場周辺の様子等がパネル展示されていました。

このショッピングセンターが開業したのが2007年の事で、駅の開業から1年半くらいの頃でした。この訪問時が2017年で、開業10周年だった訳です。

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●つくばエクスプレス駅舎

こちらは高架の豪華そうな駅舎です。新幹線駅のような。

手前の階段がまた立派な感じで、華を添えている感じでした。

流山市って中心地がよく分からない街ですが、駅レベルでいえばこの辺りはかなり賑わっています。

この階段を下りた広場、おおたかの森S.C.ではイベントが催されたりして、ミニライブがあったりして賑わいを見せていました。

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2018年8月 2日 (木)

千葉/八街 やっちまった八街!

千葉県八街(やちまた)市、JR八街駅からの歩き旅です。

(2011年2月当時)

●駅前通り

「栄町商店会」の名前の入った看板に2連の街灯が街に続いていました。

それにしても千葉県というところは、「八」で始まる主要地が多いと感じます。ここ街もですが、日市場(匝瑳市)や、千代市など。末広がりで縁起良さそうです。ひらがなにすると、「やちまた」、「っ」を入れて「やっちまった」となってしまいますが、そこは「八」の字の縁起の良さ優先で

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●カーブする商店街

昭和の香り佇む駅前の商店街色濃いところですが、上の写真より道幅が広そうで明らかな2車線道路でした。

左手前に渋すぎる出で立ちの店が立ち並んでいました。

信州屋は洋品店で、ぽっちはここの商店かい゛の振興組合が運営する店との事で、ここの振興組合のキャラクターもズバリ「ぼっちくん」というそうです。ひとりぼっちじゃないよ、などと但し書きがありましたが…。

ちなみにここの商店街は、昔懐かしいランプ式でした。

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●八街「ほ」

電柱にあったこの文字。

八街には「八街市八街」の「い」「ろ」「は」「に」「ほ」「へ」などが住所として存在するようです。ここはその「ほ」なのです。

千葉県にはこのような形式の区割りが結構あるらしく、大字を大胆にイロハニホなどと振った事が原因といわれています。「お前住所どこ?」「へ」とかそんな会話があったりするのでしょうか?

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●八街駅入口バス停

「ちばフラワーバス」と八街市の「ふれあいバス」の標識がそれぞれ立っていました。

この停留所は八街駅バス停の隣の停留所です。

千葉らしく落花生のイラストが描かれていますが、どこか「バーバパパ」っぽいですね!

ふれあいバスの方は、東ルートとして1日9便あり月~金で運行しており、土曜日は朝便夕便を除いた7本あります。(日曜は運休)

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●けやきの森公園

八街駅から徒歩5分の所にある公園です。

2月の訪問でしたが、うっすら雪化粧の部分もありました。

案内板がありましたが、この八街の開拓は1869(明治2)年だそうで、まるで北海道の開拓かというぐらいの時期だったのですね。八街農林保育園として1990(平成2)年まで使用されていたと記されていました。

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●イラストシャッター

ちょっと裏通りという感じの通りに出てきてみたら、シャッターが軒並みこのようなイラストのあるお店が並ぶ通りでした。

下2枚の上側の写真の手前はキョーレオピンって感じの絵でした。

ひと気は皆無でしたが、イラストのあるせいかゴーストタウン的な感じはありませんでした。

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八街の名所としては、名物である落花生や、また動物にまつわるものも複数あるようで、今度はそんなアプローチからしてみるのも楽しいかなと思いました。

2018年6月 3日 (日)

JR藤沢駅 (神奈川県藤沢市)

神奈川県藤沢市のJR藤沢(ふじさわ)です

藤沢市は、千葉県の中南部に位置し、人口は429,317人(2018.4.1現在)です。いわゆる湘南地域で最大の都市で、神奈川県では横浜、川崎、相模原の各市に次いで県内4位の人口を誇り、「江の島」の存在があまりに有名な市です。

-JR・小田急・江ノ島電鉄/藤沢駅-
【路線】
JR東海道本線(東京-神戸間)
    小田急江ノ島線(相模大野-片瀬江ノ島間)
    江ノ島電鉄線(藤沢-鎌倉間)

【開業】JR-1887年7月11日
    小田急-1929年4月1日
    江ノ電-1902年9月1日

【訪問】初訪問-2004年9月
【1日あたり平均乗車人員】 JR-108,205人/日 (2016年)
                  小田急-164,255人/日 (2016年) 

                  江ノ電-22,769人/日 (2016年)  
                           小田急、江ノ電は乗人員
【近隣の主要駅 (東京方面)横浜駅→3駅  
            (神戸方面)茅ヶ崎駅→2駅
            (相模大野方面)大和駅→8駅
            (片瀬江ノ島方面)片瀬江ノ島駅→3駅
            (鎌倉方面)江ノ島駅→5駅


●駅名標周辺

ここへ初めて訪ねたのが2004年の事でありますが、当時写真が見るに堪えない状態であった為、今年3月に再訪して今回記事用に撮りました。なので今回記事の写真は今年3月のものです。

JRでは東海道本線に属していて、横浜駅からわずか3駅というアクセスの良さで、小田急や江ノ島電車なども通っている神奈川県の拠点駅のひとつです。

新幹線駅からのアクセスでは、新横浜駅から約35分といったところで、やはり新横浜から横浜駅までのアクセス時間が多少かかるので、その分上積みされる格好となります。

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●ホーム

JR、小田急、江ノ島電車とそれぞれで別ホームになっています。

ここではJRホームのカットを載せていますが、JRでは2面4線となっており、他の路線と面線数を合算すると6面8線にもなり、それはやはり大きな駅だな、となります。

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●湘南カラーKiosk

駅ホームのど真ん中にデンと置かれた電車の建物がありました。

これがKioskになっています。オレンジと緑の湘南カラーはインパクトがありますが、JRの電車として真っ先にイメージする柄のひとつではないかと思うくらいですね。それがこのように堂々と立っているのがなんとも印象的でした。

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●ペデストリアンデッキ

関東の都市部の駅前によくある構造ですが、このような2F部分に長い通路が通り、いくつもの階段が下りていて、バスのりばへ下りたり、向かいの大きな商業施設などに繋がったりしているタイプの構造です。

向かいの右側にあるのは小田急百貨店です。小田急百貨店と聞くと、神奈川県中心に手広く展開しているのかなと思っていましたが、調べてみると百貨店では新宿と町田とここ藤沢のみで、神奈川県ではここしかないという事実に驚きました。

ちなみにこの小田急百貨店は今月から全面改装が行なわれ、来年春に開業予定だそうですが業態転換になるほどのレベルの改装だそうです。

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●取り囲む通路

2F通路はかなりの長さで駅前広場1周分をぐるっと囲むように続いています。

高層ビルが立ち並び商店が数多く、タクシーもですがバスも多数行き来しており、さすが都会というその一言でした。

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●駅前通り

東京の都市部の駅前の通り同様に、駅前の通りが高層ビルに挟まれて各商業施設が両サイドに並び続け、という風景が広がっています。

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●藤沢駅 駅舎

2F出口からの通路がかなり広くて、駅の全貌を撮るのが難しかったのですが、駅舎から距離を置いて撮れば全体像が大体分かるかな?という感じで撮れました。

江ノ島電車では鎌倉へ行けますが、この路線は40年ほど前に廃止間近で風前のともしび状態でした。そんな折、往年の人気TVドラマ「俺たちの朝」で沿線駅が舞台として使われた事で、人気を吹き返し現在も存続しています。このドラマがなかったら今頃、この記事でもこの路線について触れていなかった事と思います。

また、小田急ではここから3駅の「片瀬江ノ島」駅から江の島まで歩いて行けます。

江の島=藤沢市というのがなかなか結びつかないかもしれませんが、江の島へのアクセスはまずここ藤沢という事で。

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2018年3月24日 (土)

千葉/銚子 海辺の街としょうゆソフト

千葉県銚子市、JR銚子駅からの歩き旅です。

(2011年2月当時)

●駅前通り

銚子駅前のメインの通りです。

幅の広い道路が通っていてかなり都市感のある雰囲気でした。人口6万の街の割には都会って感じでした。やはり観光地的な要素が強いからでしょうか。

沿線が普通に流れる都市という感じが続いていく中で、この銚子というシーサイドな、街なかを外れた感じが観光地な感じなのでしょうか。

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●しおさいの郷

と銘打たれた観光案内板が出ていました。

先っぽほとんどが海に面している感じで、街も海の近くに広がっていて、拡大されているのは銚子駅付近です。海を眺めるのが必然ともいうべきか。

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●醤油工場

千葉県で醤油といえば、野田が有名ですが、ここ銚子も駅前に複数の醤油工場があって、これもそのひとつです。レンガ塀に大きなサイロが特徴的です。

野田と銚子で醤油づくりが盛んなのは、どちらも利根川が流れていてその水運が関係しているそうです。江戸時代からその流れを利用する形で発達し、また千葉県で全国の醤油の40%を生産しているそうです。

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●路地裏

細い路地に出て風情のある空間へ。

昭和時代もこんな雰囲気だったのでは?と思わせる通りでした。

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●銚子商工会議所跡

銚子商工会議所は1936(昭和11)年この地に千葉県下初の商工会議所として誕生したもので、1980年までここで活動し、以後別の地へ移転して現在に至るといいます。

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●銚子港利用規制案内図

という事で銚子港まで来ました。

ここではプレジャーボートの係留禁止区域の表示などされていました。

銚子漁港は年間水揚げ量が日本有数レベルで、2011~2013年の間は3年連続で1位を記録したベストオブ漁港です。2013年は214,000tあまりで2位の焼津漁港は160,000tあまりとかなりの差をつけてのトップを記録していました。

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●港に停まる船

とにかくたくさんの船が停まっていましたが、船っていろんな線?が複雑に入り組んでいて、写真を撮るには実に絵になるなと感じさせられるものです。

水揚げ港日本一の漁港だけに船の数もハンパないというところですし、漁業というものがまだまだ活発に行われている事を感じさせられます。

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●伊勢神宮

千葉県にあった伊勢神宮です。

いわゆる「お伊勢さん」といわれる神社は「神明社」というもので全国に4,000も5,000もあるといわれています。これもその中のひとつでしょうか、その中でも伊勢神宮と称されているところです。三重県の伊勢神宮を総本宮とする神社ですね。

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●シーサイドロード

漁港とは違った雰囲気の海沿いの道です。

海伝いに町が展開されていて、海辺の風景も場所によって全く違った顔を見せてくれます。

そしてこんなブリッジも見えたりします。

これは「銚子大橋」というもので、橋長1,200m余りの巨大な橋であり、県を跨いで茨城県神栖市と繋がっています。この橋の向こうは茨城県なのです。

1962年に開通した当時は国内最大級といわれていました。当時の総工費で8億5千万円だそうで、これを当初30年で償還する予定であったものが、予想以上に交通量が多く結局12年で償還されたそうです。

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●ボンビー石造

桃鉄の貧乏神・ボンビーの石造が何故か銚子駅前にありました。

桃鉄やっててこれが出てくると嫌な気分になりますが、進むにつれてキングボンビーやメガボンビーなどシャレにならないものが出てきて、それらを見るとこのノーマルなボンビーはかわいく見えるものです(笑)

で、これは上に鳥が載っている「鳥バージョン」という事ですが、犬版も猿版も他の場所にあるそうです。ハドソンと銚子電鉄が提携してこれを造り、沿線駅にもあるそうですが、このように街なかにもありました。

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●しょうゆソフト!

最後はコレです。

かまぼこでお馴染みのヤマサですが、ここ銚子では醤油工場があります。

そしてここの名産ともいうべき?この「しょうゆ味」のソフトクリームが銚子駅前で売っていました。

しょうゆとソフトクリーム??と想像もつかずにためらいましたが結局買って食べました。クリームを食べながらほんのりと醤油味が感じられ、意外とマッチしていました。全然ありですね!銚子以外の別の街でもあるようですが、個人的には銚子=このしょうゆソフトクリームですね。ヤマサ醤油の工場見学センターの売店で売っています。

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2018年1月24日 (水)

千葉/旭 ミヤスズの在りし頃

千葉県旭市、JR旭駅からの歩き旅です。

(2011年2月当時)

●旭の風景

を材料とした写真コンテストのポスターがありました。

朝日の風景ではなく、「旭」の風景です。

この時が2011年で第2回を迎えていましたが、ネットで調べる限りでは「第3回」までし確認できず、第4回からはやってないのかどうなのか…??

ちばてつや先生のマンガが印象的なポスターでした。ちば先生と旭市の関わりですが、お父さんの出身地がここ旭で、また先生が中国から引き揚げの時に1年間過ごしたのもこの地だそうです。

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●ミヤスズ旭店

という旭駅前のショッピングセンターがありましたが、インパクトが大きかったです。上からせり出す感じの迫力が!

この時は現役で稼働している店舗であったようですが、2013年9月に破産手続きに入ったとの事で、この当時は前に車は停まっていたし、室内には蛍光灯の明かりが見えていたしで、稼働している様が窺えました。

よくこんな佇まいの店舗が残っていたなぁ…と思いましたが、この2年半後には破産を迎えていたとは、、この記事を書く今この時期になった初めて知りました。銚子やここ旭など千葉県内13店舗があったといいます。今の姿はどんなやら…破産のニュースを知るとまた行ってみたくなります。

何せ、千葉県の旭って何を見たんだっけ?あんまり覚えてないや…と思っていましたが、こうやって見返して、この店が強烈に記憶に残っていました、「この店のあった街か!」と。旭で最も印象的な風景がコレでした。

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●商店街

「しんちょう通り」と記されているフラッグが街灯ごとに立ち並ぶ商店街です。

冷たくシャッターに閉ざされた店が多かった事…、これが7年ほど前の姿ですが、今ではもっとそれが加速しているかも。

この写真の最も手前のお店からしてシャッターに閉ざされて「管理」の文字が…。

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●マンホール

旭市のマンホールです。

まさにそのものですが「あさひ」ですね、サンライズ。あとは市の木、市の花であるクロマツとアジサイが描かれています。

つばきも市の花のようですが、ここには書かれていないようです。つばきがあれば、つばきと日の出の太陽で、”つばきファクトリー「初恋サンライズ」”になるのですが(ならない…)、昨年末日本レコード大賞の最優秀賞を獲ったグループです。

真ん中左端水平線の上にちょこっと何気に灯台が描き込まれていて、あまりの何気なさが渋すぎて、カラー版でこのマンホールの絵を見るまで全く気づきませんでした。

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●商店街2

ここはまだ割と開店している店が多かったかもしれません。

ここのフラッグは「GINZA」とありました。旭銀座とよばれる辺りで、「銀座」といっても東京・銀座以外にもそう呼ばれるエリアは日本にいくつとなくあります。ここもその一つなわけですね。

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●告白!

銀座通りのフラッグをアップで見たら「好きです」とありました。「好きです この街」と人魚の姿で(笑)なんだかパチンコのマリンのやつみたいでした。

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●竹下稲荷神社

旭駅から南西約200mの地点にありますが、由緒由来は不明だそうです。

稲荷神社はこんな感じで朱の鳥居が続いていて見栄えがいいですね。写真映えします。

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●旭市民会館

駅からまっすぐ至近にある施設です。

市民会館って駅と程よく距離があったりするもんですが、ここはかなり近くにあります。

コンクリート色まんまの建屋が渋すぎて語彙力…という感じですが、時の流れが停まっている感満載でした。

この当時駅の真ん前からして工事がお盛んな様子でしたが、どれほど変わったものでしょうか?そういう意味でもまた再訪したいものです。

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旭市で次行きたい所…「屏風ヶ浦」です!

2017年12月10日 (日)

千葉/袖ヶ浦 大きなカニが空高く

千葉県袖ケ浦市、JR袖ヶ浦駅からの歩き旅です。

(2011年1月当時)

●駅前通り

さて、駅記事では"町の写真はまたの機会に。"なんて書いていましたが、それが2011年3月の事で、6年半かかってようやくその街の記事を今回upする事になりました

駅前の通りは、少し広めの道路がまっすぐ伸びて、曲線を描いた街灯が両サイドを埋めていて駅前通り感はありますが、建物があんまり立っておらず、閑散とした感じでした。先日あげた同じ千葉県の柏駅とは全く様子が違っています。

しかしこれは2011年当時の姿で、現在はまず駅舎が当時のような小さいものではなく、大きくユニークな形のものへと変わっていました。2014年に新駅舎ができたようです。6年行ってないうちにだいぶ変わったようで…、この駅前もこの景色から変わっていってるのでしょうか?

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●マンホール

袖ケ浦のマンホールです。

真ん中の市章を中心に両サイドに2つの丸があり、あとはこれ以外にいっぱいに広がっているという構成で、両サイドの間の左側は、梅の木にとまる市の鳥ウグイスで、右側は市の花のヤマユリだそうです。その他いっぱいに広がっているのは市の木である椎の葉と実だそうです。「市の〇〇」で固めたタイプの構成ですね。

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●袖ヶ浦郵便局

袖ヶ浦駅前の道路を道なりに500m程進んで行った所にあります。方向は南東気味で、駅前からの道路は曲がる事なく進むのですが左へカーブを描きながらの直進となります。

この時が1月3日であったので、年賀状の返しでポストに入れに来る人が少なからずでした。

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●福王台交差点 歩道橋

袖ヶ浦郵便局を南東へほんの少し進んだ所、この交差点に行き当たり、幅の広い道路とこれを横切る長い歩道橋がありました。この道路は国道16号線です。

下の写真はその歩道橋を上がったところです。

駅からこうして来ましたが、袖ヶ浦で見た景色らしい景色って、この歩道橋の上からの様子くらいかな、というところでした。駅から歩いてさほどかからない範囲、という制約もあったので、ただ目に飛び込んできた風景を撮るのみでしたが。

歩道橋の向こうには商工会館が見えます。

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●歩道橋から(北)

先程の歩道橋の上から国道16号線福王台交差点より北側の風景です。

ここから見渡すこれらの景色が今回の袖ケ浦の風景のメインになりますが、歩道橋から道路を見下ろすとなんでも絵になるような気がしました。

チェーン店をもつ飲食店が点在している感じでした。向こうに遮るものが何もないのがまた景色として良かったかもしれません。

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●歩道橋から(南)

上の写真と反対方向で福王台交差点から南へ向かってのカットです。

なんといっても、巨大なカニが空にハサミを向けているこれがインパクトありました。個人的に袖ヶ浦といえば、このカニが真っ先に浮かぶくらい、頭の中に刷り込まれています。

ここは「活き活き屋」という海産物販売のチェーン店です。当初はここの地場のお店かと思っていましたが、調べてみると千葉県内で展開しているチェーン店で、県内の木更津市に本社機能を持ち、木更津市2ヶ所と東金市に、ここと同様のスタイルのお店があります。

この形態のお店はここ含め4ヶ所という事で、それなりに地場のお店かもしれませんが、袖ヶ浦で見た最もインパクトのあるものがこれでした。

街をバックにして、カニの存在感が!

袖ヶ浦駅から南へ駅前の道路を道なりに500m程進み、「福王台」交差点で右折してすぐの所にあります。 

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●活き活き屋

へ下りてきてのカットはこれだけですが、2匹のたぬきが並んでいました。

ドラえもんがタヌキと間違われるのはなんだか分かる気がしました(笑)

ここまでしか行けませんでしたが、そんな袖ヶ浦で観光するところは……、

「袖ヶ浦海浜公園」というのがありました。こちらは駅から南側ですが、海浜公園は逆に北側へ2kmほどの所にあります。高さ25mの展望タワーもあって、街ゆ東京湾、富士山なども見下ろしたりできるというので、今度袖ヶ浦に来る事があれば、そこへ行ってみたいなと思います。

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2017年12月 9日 (土)

JR柏駅 (千葉県柏市)

千葉県柏市のJR・東武/柏(かしわ)です

柏市は、千葉県の北西部に位置し、人口は420,824人(2017.10.1現在)で、Jリーグの柏レイソルでお馴染みの街ですが、人口はずっと増え続けており2010年に40万人の大台を突破して現在42万あまりいる「中核都市」です。

-JR・東武/柏駅-
【路線】
JR常磐線(綾瀬-取手間)
    東武野田線(大宮-船橋間)

【開業】JR-1896年12月25日
    東武-1911年5月9日

【訪問】初訪問-2007年8月
【1日あたり平均乗車人員】 JR-124,190人/日 (2016年)
                  東武-144,666
人/日 (2016年) ※東武は乗者数
【近隣の主要駅 (綾瀬方面)新松戸駅→3駅 
           (取手方面)安孫子駅→2駅
           (大宮方面)野田市駅→7駅
           (船橋方面)鎌ヶ谷駅→7駅


●駅ホーム

ここへ初めて訪ねたのは2007年8月の事ですが、2017年10月再訪時の様子を中心にお送りします。

ハングル表記もあるんですね。「フト」と書いて「か」です。

隣駅表示が松戸と安孫子というここと同じ千葉県の市の代表駅となっていて、3つ続く格好となっていますが、これは常磐線快速のホームです。

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●東武駅名標

これだけが東武のカットで他のホーム関連の写真はすべてJRのものですが、これは移動の時に乗換えた際に撮ったものです。東武野田線では利用者数が最多の駅です。

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●ホーム

JRのホームとしては2面4線です。

屋根のあるエリアが長く続いています。さすが首都近郊の駅ですね。東京駅までは約40分で着きます。

ホーム上にNewDaysの売店が入っています。関東の駅といえばNewDaysそんなイメージですね。

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●駅周辺図

東葛飾高校というのが見られますが、この辺りはいわゆるその東葛飾地区といわれ、その辺りの中心地とされています。

大都市の真ん中の駅という感じで逆に、ここならではというものをあまり窺い知る事ができませんでした。この辺りどこでもそれなりに都会やん、という平たく言えばそんな感じです。

それぞれの駅に行ってそれぞれに感じるところはあるのですが、こうやって記事にして写真をあげてみると、関東の首都近郊の駅に対しては同じような文言を書いてしまいます。

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●定点対比

上が2017年、下が2007年の様子です。

基本構造は変わっていませんが、住友信託銀行が三井住友信託銀行になっていたり、業界再編の歴史も感じさせる対比になっています。偶然なんですが同じような場所を撮っていました。

あとはかつらのお店と消費者金融がずいぶんと存在感のある通りだなと思わされますが、2007年ではアデランスとアートネイチャーだったのが、2017年はアートネイチャーが広がっていました(看板ベースで) ただしアデランスは今もこの地点にあるようです。

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●ステーションモール新館

柏高島屋ステーションモールとして、柏駅駅ビルに1992年にオープンしましたが、高島屋柏店自体は1973年にオープンしています。

この写真のものは新館として2008年にオープンしたモールで、12F建ての高層のものです。

渡り廊下が2つ繋がっていて、その間のフロア分が空洞で骨組みで繋がっているのも構造として面白いと感じます。

で、長い2F通路(ペデストリアンデッキ)が張り巡らされ、関東の駅にはこんな構造の駅が多いですが…。

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●ステーションモールS館

この柏駅のステーションモールは新館と本館とこのS館で構成されているといいます。

うち駅ビルそのものなのが、このS館です。StationのSだそうです単純に。

開業25周年ステモ秋のFestivalとありました。ステモはステーションモールの略ですね。ピチモのような…ピチモはピチレモン(2015年より休刊)という雑誌の略ですが…

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●ステーションモール本館

この右側の建物が本館だそうです。駅とは全くの別棟でここにもTAKASHIMAYAの文字が。

都心近郊の駅前ってみんなこんな景色に見えますが…

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●西口バスターミナル付近

駅の2F出口から通路を通って、上から見た様子です。

駅側には「西口バスターミナル」とあります。ここからバスに乗って別の地に行きましたが、柏で観光する、ってなって、どこへ行こうか随分と迷いました。

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●上の通路

上の写真と同じ場所で、上の写真は下へ向かって撮ったもので、こちらは上の階に焦点を当てて撮ったものです。通路の描く絶妙のカーブ具合がいいね!という感じでした。あまり伝わらないかもしれませんが…

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●柏駅 駅舎

2Fペデストリアンデッキが広く取られている為、全体像が見えづらい駅ですが、都心近郊の都会駅はだいたいこんな感じなんですよね、色んなところへ行けば行くほど、同じに見えてきますね。

そんな中でオリジナルの内容を伝えるのがなかなか難しく、読者の方には何ら役に立たない記事のようにしか思えませんが、柏駅の周りの風景はこんな感じだ、というのがせめて伝われば、と思います。

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2017年11月11日 (土)

千葉/東金 東金駅前 渋々続々




千葉県東金市、JR東金駅からの歩き旅です。

(2011年2月当時)

●百万弗

東金駅前(西口)の通りの一角です。

いきなりインパクトのある建物が出てきましたが、昭和感満載のまさに「パチンコ屋」でした。閉店としてネット上では載っていて、建屋はきれいに残っていますが、営業はしていないようです。

閉店との情報はたくさんあるのですが、いつ頃閉店したのでしょうか??逆に情報求ムというところです(笑)

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●商店街

上の写真から少し右へずらしたカットです。

右側は歩道側に屋根つきの商店街が続いていました。

屋根を支える柱がか細くて、屋根もどこかしら貧相な感じで、昔のちっぼけな感じのものを思わせます。昭和からの時が止まった感といいますか。

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●石造?

と思われる渋い建物に出くわしました。

そこに「FUJI XEROX」の看板がかかっていました。なんだかミスマッチな。

しかし周りが割とスラッとした?建物が続く中で、ゴツゴツっとした重厚な感じのこの建物はひと際目を惹きました。

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●また石造

今度は薬局の駐車場という看板のついた石造建築物で、またまた渋すぎる建物でした。左下の部分がレンガっぽくてなんでここだけこんなになってるのかよく分かりませんでした。

中にある戸の部分がなんともいえません、1段差ある形で戸がついていて、枠の囲みもまた渋くて。戸というより窓なんですかね、でも明かり取りの感じもしないしよく分かりませんでした。

いつ造られたんだろう?と思わされざるを得ない建物ですが、こんなのいつ建てられたかなんて、ネットで調べてもなかなか分かるものではないでしょうね。有名な建物でもなければ、旧何々…の建物でもないし。名もなき渋きこの建屋。

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●西川園ほか

左側のやや高い建物に、「西川園」というお茶や海苔のお店があり、SINCE1875とあります。この界隈きっての老舗なのでしょう。東金を拠点に「いつもいいお茶と暮らしたい」をモットーに操業を続けている、という事です、もう140年を越える歴史を有する訳ですね。

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●駅を渡る

この前の写真までが東金駅の西口から出ての風景でしたが、この駅上の歩道橋を渡って今度は、東側へと転じます。

向こうに見えている「サンピア」というお店は「東金ショッピングセンター」と冠されていて、東金駅前商店街組合の主導のもとで運営されているそうで1960年オープンというこの手のものにしては古い歴史をもっています。

核店舗はイオンで、「ジャスコ東金店」としてオープンしたのが1978年で、その後イオンになるも40年近く続いています。3Fには映画館がこの時ありましたが、その後2013年に閉館しています。

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●東口

東金駅東口は駅記事でもお送りしましたが、駅舎がなく歩道橋で降りたところにロータリーなどの駅前広場スペースが構築されているエリアがあり、この写真はそこを出た駅前道路にあたる場所の様子です。

バスが連なって見えていますが、この東口はバス路線があるもののかなり少なく、圧倒的に西口から出る路線の方が多いです。

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●東金中央公園

駅東口のサンピア(イオンの入っている)の向かいにある公園です。

1979(昭和54)年に東金駅前の区画整理事業の一環でできた公園だそうで、もうすぐ40年になるというところで、この当時だと30年強くらいになります。

駅前にありながら十分な活用がされているのか…、雰囲気的にちょっと勿体ないような気がしました。あくまで感覚ですが。フリーマーケットなどは行われているようです。

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●関寛斎 像

これも東金中央公園内のカットです。

関寛斎(1830-1912)という人物の胸像がありました。

東金出身で蘭方医として生きた人物であり、その思想は現代医学にも通ずるという、「養生」「医療」「運動」の総合性を重視したものであったといいます。この時代の人物にしては長寿で、しかも最後は服毒自殺であったというので、本来ならば大正まで生きられたのではないかというくらいです。

彼の晩年10年は北海道開拓に心血を注いだというもので、努力の甲斐なく夢果たせずに終わったとの事ですが、終生挑戦する気持ちを忘れずに進んだその生涯はまさに「偉人」と言えると思います。

入口にちょっとした門が置かれているのはなんでしょうか?特に但し書き等ありませんでしたが。

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●東金小学校跡

これも同公園内のものです。

東金小学校は開校時期はよく分かりませんが、1974(昭和49)年に統廃合の形でその役目を終えています。なのでOBOGの方々は50代~居られる事になります。

この学校はナント「フラフープを全国に先駆けてやめさせた学校」という結構な記録?をもっています。当時大流行であったこの遊びを「腸ねん転になる」「胃に穴が開く」等の都市伝説が急速に襲いかかり、これにいち早く対応したのがこの学校、という事になるのですね。

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●東金市立鴇嶺小学校

鴇嶺は「ときがね」と読みます。

鴇が鳥の「トキ」を表わします、「朱鷺」とも書きますね。

先程、碑のあった東金小学校の統廃合によって再編された学校のひとつですが、このコンクリートの建物の古さはもっと昔の建物のように思えます。沿革を調べてもこれ以上の記載が見られない為、よく分かりませんが、とにかく渋すぎる建物の小学校で、てっぺんに地球儀があるのもインパクトがあって良かったです。

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●壁画

東金市制40周年を記念して1994年に記念事業として書かれた壁画という事です。

東金というのは全くの内陸の街ですが、えらく鯨が強調されてるな、という感じでした。

ついでに駅東口の駅前の地図もざっくりした内容で載っていました。

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●関東ふれあいの道

東金駅へ戻ってきました。

ハイキングコースが記されたマップです。

東金駅から2駅先の山武市は成東駅までの17kmのコースを「伊藤左千夫のみち」として紹介されています。「野菊の墓」でお馴染みの伊藤左千夫氏の生家が途中にあり、また食虫植物など自然に触れ合い要素も楽しめるコースという事です。

ちょっと距離が長いので時間と体力が少々必要でしょうが。この界隈を楽しむ事ができそうなコースです。

そんなこんなで東金市、東金駅周辺を中心に流し歩いた街歩き、これにて終了いたします。

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2016年12月 2日 (金)

千葉/山武 成東の街あるき

千葉県山武市、JR成東駅からの歩き旅です。

(2011年2月当時)

●山武散策

という看板がでていましたが、「山」の字が山の形で書かれていました(笑)

電車の線路は市内をV字形に横切る格好となっていて、下の部分が分岐しています。現在地である成東駅はこの交差している部分にあります。

しだれ桜のきれいな所や、荘厳な仏像のある所や、いちご園も少なからずあり、自然に恵まれた観光資源が多いと感じました。

また、作家・伊藤左千夫(1864-1913)の生家や記念公園もあります。 『野菊の墓』の作者ですね。松田聖子さんをデビュー時から知る人は、「野菊の墓」の民さんをイメージする方も少なからずいるかと思います。映画デビュー作でもあるので。

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●駅前広場

成東駅前の広場です。

タクシーが数台停まっていて、ちょっとした教育施設が並んでいる、という感じでした。

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●わが街ご案内処

観光案内所でしょうか。

駅を出て、駅前広場右隅にありました。

そしてそこにバス停がありました。

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●駅前通り

駅前感もなく、ただの道路としか思えずでした。

両サイドに高い建物など皆無で、それどころかろくに建物もないような状態でした。

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●関東ふれあいの道

として、ハイキングコース的なものが紹介されていました。

「城跡をたずねるみち」とありました。

関東ふれあいの道とは、関東1都6県をぐるっと一周する長距離自然歩道で、千葉県では29のコースがあり、その29番目がこのコースです。

成東駅から成東城跡公園まで、距離にして5.3kmということで約100分とされています。その途中で長勝寺(波切不動)からの眺望はすばらしいとありました。すぐ近くに成東城跡があり、現在は公園となっていますが、成東城は応永年間(14C末~15C初頭)に築かれ、1620年には廃城になったといいます。途中1530年には千葉勝胤が入って、それまで廃れていたのを再興し、その子が成東氏を名乗ったといわれています。

この時の成東訪問では、駅の前をちょこっと歩いただけなので、とてもこのような所へは行ってはいませんが…。

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●老舗感

溢れるこの景色、という感じですが、手前のコンクリート色そのままな感じが特にいいですね。

今のご時世でミシンというものがどれだけ出回っているのか?と思ったりしますが、ミシンの生産台数を調べてみると1970年前後がピークで年間400万台ほども出ていたものが、2009年には60万台余りとなっていました。

管理人が子供の頃はどこの家庭にもあって、学校でも家庭科で必ずミシンを(男でも)使っていたものですが、今ドキはどうなのでしょうか…。ミシンメーカーのCMも昭和期はTVでよくやっていて、ブラザーなんてドラマの提供で冠がつけられるほどであったのに、最近はミシン業界も不振で他へ業種転換を余儀なくされているようで、厳しいのかなと感じたりします。

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●成東駅入口

といっても成東駅真ん前ではなく、駅から200mほど進んだ所にあるT字交差点です。

駅から直進する道路としては、この左側の建物辺りで突き当りになりますが、ここと交差する道路には神社がちょこちょことあります。

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●月極駐車場

の表示がありましたが、なんで、建物の玄関部分の所に貼ってあるのかな??と思います。塀とか柵に貼ってるなら分かりますが、なんでこんなところに??と。というか、そもそもこの建物は使われているのか??色々よく分かりませんでした。

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●五郎神社

上述のような神社がちょこちょこあるという事でそのひとつがここ五郎神社です。

実に小さな神社ですが、夜泣きの完治、学力の向上に祈願成就されると伝えられている、と傍の説明板にはありました。

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●商店街の雰囲気

が色濃く感じられる通りです。

上の方の「駅前通り」の写真の通りと平行に、成東駅前広場から出ている通りです。

商店が立ち並んで色濃く感じる、というより、独特の街灯が立ち並んでという意味での色濃く感じる、そんな通りです。確かに商店の看板が並んでいますが、やっていないところもありそうで、そして建物の立っていないところもありで。やはり人の気配としては寂しいかなと。この時が日曜日の朝方であいにくの天気であった事もあるでしょうが。

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●伊藤左千夫碑

成東駅に戻ってきてのカットです。

郷土の偉人である伊藤左千夫の句碑と記念碑です。

大変茶道に造詣が深く、師事していた正岡子規からは「茶博士」と呼ばれていたそうです。また「野菊の墓」は夏目漱石に評価されたといいますが、彼のかなり晩年に発表された作品で、また自身初の小説であったそうで、元々歌人であったところからのこの作品を執筆/発表となり、それで後世にもこのように名を残しており、実に素晴らしいと思いました。

あと個人的に成東で連想するのは、元中日ドラゴンズで先発に抑えにフル回転した鈴木孝政氏、この存在を忘れてはいけないとも思っています。100勝以上100セーブ近く(96S)をマークした元祖守護神で、面白い記録として長嶋茂雄、一茂の両方と公式戦で対決した唯一の投手であるそうです、これを実現する条件は「昭和49年まで、かつ63年から現役としてセ・リーグに在籍すること」になるので、なかなかに難しい事です。

名所らしい名所へ行こうと思えば、駅から離れた所へ行く必要がありますが、それが分かっただけでも、ここを旅して良かった、と勝手に思ってます。

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