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12千葉県

2017年12月10日 (日)

千葉/袖ヶ浦 大きなカニが空高く

千葉県袖ケ浦市、JR袖ヶ浦駅からの歩き旅です。

(2011年1月当時)

●駅前通り

さて、駅記事では"町の写真はまたの機会に。"なんて書いていましたが、それが2011年3月の事で、6年半かかってようやくその街の記事を今回upする事になりましたcoldsweats01

駅前の通りは、少し広めの道路がまっすぐ伸びて、曲線を描いた街灯が両サイドを埋めていて駅前通り感はありますが、建物があんまり立っておらず、閑散とした感じでした。先日あげた同じ千葉県の柏駅とは全く様子が違っています。

しかしこれは2011年当時の姿で、現在はまず駅舎が当時のような小さいものではなく、大きくユニークな形のものへと変わっていました。2014年に新駅舎ができたようです。6年行ってないうちにだいぶ変わったようで…、この駅前もこの景色から変わっていってるのでしょうか?

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●マンホール

袖ケ浦のマンホールです。

真ん中の市章を中心に両サイドに2つの丸があり、あとはこれ以外にいっぱいに広がっているという構成で、両サイドの間の左側は、梅の木にとまる市の鳥ウグイスで、右側は市の花のヤマユリだそうです。その他いっぱいに広がっているのは市の木である椎の葉と実だそうです。「市の〇〇」で固めたタイプの構成ですね。

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●袖ヶ浦郵便局

袖ヶ浦駅前の道路を道なりに500m程進んで行った所にあります。方向は南東気味で、駅前からの道路は曲がる事なく進むのですが左へカーブを描きながらの直進となります。

この時が1月3日であったので、年賀状の返しでポストに入れに来る人が少なからずでした。

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●福王台交差点 歩道橋

袖ヶ浦郵便局を南東へほんの少し進んだ所、この交差点に行き当たり、幅の広い道路とこれを横切る長い歩道橋がありました。この道路は国道16号線です。

下の写真はその歩道橋を上がったところです。

駅からこうして来ましたが、袖ヶ浦で見た景色らしい景色って、この歩道橋の上からの様子くらいかな、というところでした。駅から歩いてさほどかからない範囲、という制約もあったので、ただ目に飛び込んできた風景を撮るのみでしたが。

歩道橋の向こうには商工会館が見えます。

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●歩道橋から(北)

先程の歩道橋の上から国道16号線福王台交差点より北側の風景です。

ここから見渡すこれらの景色が今回の袖ケ浦の風景のメインになりますが、歩道橋から道路を見下ろすとなんでも絵になるような気がしました。

チェーン店をもつ飲食店が点在している感じでした。向こうに遮るものが何もないのがまた景色として良かったかもしれません。

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●歩道橋から(南)

上の写真と反対方向で福王台交差点から南へ向かってのカットです。

なんといっても、巨大なカニが空にハサミを向けているこれがインパクトありました。個人的に袖ヶ浦といえば、このカニが真っ先に浮かぶくらい、頭の中に刷り込まれています。

ここは「活き活き屋」という海産物販売のチェーン店です。当初はここの地場のお店かと思っていましたが、調べてみると千葉県内で展開しているチェーン店で、県内の木更津市に本社機能を持ち、木更津市2ヶ所と東金市に、ここと同様のスタイルのお店があります。

この形態のお店はここ含め4ヶ所という事で、それなりに地場のお店かもしれませんが、袖ヶ浦で見た最もインパクトのあるものがこれでした。

街をバックにして、カニの存在感が!

袖ヶ浦駅から南へ駅前の道路を道なりに500m程進み、「福王台」交差点で右折してすぐの所にあります。 

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●活き活き屋

へ下りてきてのカットはこれだけですが、2匹のたぬきが並んでいました。

ドラえもんがタヌキと間違われるのはなんだか分かる気がしました(笑)

ここまでしか行けませんでしたが、そんな袖ヶ浦で観光するところは……、

「袖ヶ浦海浜公園」というのがありました。こちらは駅から南側ですが、海浜公園は逆に北側へ2kmほどの所にあります。高さ25mの展望タワーもあって、街ゆ東京湾、富士山なども見下ろしたりできるというので、今度袖ヶ浦に来る事があれば、そこへ行ってみたいなと思います。

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2017年12月 9日 (土)

JR柏駅 (千葉県柏市)

千葉県柏市のJR・東武/柏(かしわ)です

柏市は、千葉県の北西部に位置し、人口は420,824人(2017.10.1現在)で、Jリーグの柏レイソルでお馴染みの街ですが、人口はずっと増え続けており2010年に40万人の大台を突破して現在42万あまりいる「中核都市」です。

-JR・東武/柏駅-
【路線】
JR常磐線(綾瀬-取手間)
    東武野田線(大宮-船橋間)

【開業】JR-1896年12月25日
    東武-1911年5月9日

【訪問】初訪問-2007年8月
【1日あたり平均乗車人員】 JR-124,190人/日 (2016年)
                  東武-144,666
人/日 (2016年) ※東武は乗者数
【近隣の主要駅 (綾瀬方面)新松戸駅→3駅 
           (取手方面)安孫子駅→2駅
           (大宮方面)野田市駅→7駅
           (船橋方面)鎌ヶ谷駅→7駅


●駅ホーム

ここへ初めて訪ねたのは2007年8月の事ですが、2017年10月再訪時の様子を中心にお送りします。

ハングル表記もあるんですね。「フト」と書いて「か」です。

隣駅表示が松戸と安孫子というここと同じ千葉県の市の代表駅となっていて、3つ続く格好となっていますが、これは常磐線快速のホームです。

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●東武駅名標

これだけが東武のカットで他のホーム関連の写真はすべてJRのものですが、これは移動の時に乗換えた際に撮ったものです。東武野田線では利用者数が最多の駅です。

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●ホーム

JRのホームとしては2面4線です。

屋根のあるエリアが長く続いています。さすが首都近郊の駅ですね。東京駅までは約40分で着きます。

ホーム上にNewDaysの売店が入っています。関東の駅といえばNewDaysそんなイメージですね。

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●駅周辺図

東葛飾高校というのが見られますが、この辺りはいわゆるその東葛飾地区といわれ、その辺りの中心地とされています。

大都市の真ん中の駅という感じで逆に、ここならではというものをあまり窺い知る事ができませんでした。この辺りどこでもそれなりに都会やん、という平たく言えばそんな感じです。

それぞれの駅に行ってそれぞれに感じるところはあるのですが、こうやって記事にして写真をあげてみると、関東の首都近郊の駅に対しては同じような文言を書いてしまいます。

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●定点対比

上が2017年、下が2007年の様子です。

基本構造は変わっていませんが、住友信託銀行が三井住友信託銀行になっていたり、業界再編の歴史も感じさせる対比になっています。偶然なんですが同じような場所を撮っていました。

あとはかつらのお店と消費者金融がずいぶんと存在感のある通りだなと思わされますが、2007年ではアデランスとアートネイチャーだったのが、2017年はアートネイチャーが広がっていました(看板ベースで) ただしアデランスは今もこの地点にあるようです。

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●ステーションモール新館

柏高島屋ステーションモールとして、柏駅駅ビルに1992年にオープンしましたが、高島屋柏店自体は1973年にオープンしています。

この写真のものは新館として2008年にオープンしたモールで、12F建ての高層のものです。

渡り廊下が2つ繋がっていて、その間のフロア分が空洞で骨組みで繋がっているのも構造として面白いと感じます。

で、長い2F通路(ペデストリアンデッキ)が張り巡らされ、関東の駅にはこんな構造の駅が多いですが…。

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●ステーションモールS館

この柏駅のステーションモールは新館と本館とこのS館で構成されているといいます。

うち駅ビルそのものなのが、このS館です。StationのSだそうです単純に。

開業25周年ステモ秋のFestivalとありました。ステモはステーションモールの略ですね。ピチモのような…ピチモはピチレモン(2015年より休刊)という雑誌の略ですが…

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●ステーションモール本館

この右側の建物が本館だそうです。駅とは全くの別棟でここにもTAKASHIMAYAの文字が。

都心近郊の駅前ってみんなこんな景色に見えますが…

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●西口バスターミナル付近

駅の2F出口から通路を通って、上から見た様子です。

駅側には「西口バスターミナル」とあります。ここからバスに乗って別の地に行きましたが、柏で観光する、ってなって、どこへ行こうか随分と迷いました。

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●上の通路

上の写真と同じ場所で、上の写真は下へ向かって撮ったもので、こちらは上の階に焦点を当てて撮ったものです。通路の描く絶妙のカーブ具合がいいね!という感じでした。あまり伝わらないかもしれませんが…

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●柏駅 駅舎

2Fペデストリアンデッキが広く取られている為、全体像が見えづらい駅ですが、都心近郊の都会駅はだいたいこんな感じなんですよね、色んなところへ行けば行くほど、同じに見えてきますね。

そんな中でオリジナルの内容を伝えるのがなかなか難しく、読者の方には何ら役に立たない記事のようにしか思えませんが、柏駅の周りの風景はこんな感じだ、というのがせめて伝われば、と思います。

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2017年11月11日 (土)

千葉/東金 東金駅前 渋々続々




千葉県東金市、JR東金駅からの歩き旅です。

(2011年2月当時)

●百万弗

東金駅前(西口)の通りの一角です。

いきなりインパクトのある建物が出てきましたが、昭和感満載のまさに「パチンコ屋」でした。閉店としてネット上では載っていて、建屋はきれいに残っていますが、営業はしていないようです。

閉店との情報はたくさんあるのですが、いつ頃閉店したのでしょうか??逆に情報求ムというところです(笑)

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●商店街

上の写真から少し右へずらしたカットです。

右側は歩道側に屋根つきの商店街が続いていました。

屋根を支える柱がか細くて、屋根もどこかしら貧相な感じで、昔のちっぼけな感じのものを思わせます。昭和からの時が止まった感といいますか。

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●石造?

と思われる渋い建物に出くわしました。

そこに「FUJI XEROX」の看板がかかっていました。なんだかミスマッチな。

しかし周りが割とスラッとした?建物が続く中で、ゴツゴツっとした重厚な感じのこの建物はひと際目を惹きました。

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●また石造

今度は薬局の駐車場という看板のついた石造建築物で、またまた渋すぎる建物でした。左下の部分がレンガっぽくてなんでここだけこんなになってるのかよく分かりませんでした。

中にある戸の部分がなんともいえません、1段差ある形で戸がついていて、枠の囲みもまた渋くて。戸というより窓なんですかね、でも明かり取りの感じもしないしよく分かりませんでした。

いつ造られたんだろう?と思わされざるを得ない建物ですが、こんなのいつ建てられたかなんて、ネットで調べてもなかなか分かるものではないでしょうね。有名な建物でもなければ、旧何々…の建物でもないし。名もなき渋きこの建屋。

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●西川園ほか

左側のやや高い建物に、「西川園」というお茶や海苔のお店があり、SINCE1875とあります。この界隈きっての老舗なのでしょう。東金を拠点に「いつもいいお茶と暮らしたい」をモットーに操業を続けている、という事です、もう140年を越える歴史を有する訳ですね。

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●駅を渡る

この前の写真までが東金駅の西口から出ての風景でしたが、この駅上の歩道橋を渡って今度は、東側へと転じます。

向こうに見えている「サンピア」というお店は「東金ショッピングセンター」と冠されていて、東金駅前商店街組合の主導のもとで運営されているそうで1960年オープンというこの手のものにしては古い歴史をもっています。

核店舗はイオンで、「ジャスコ東金店」としてオープンしたのが1978年で、その後イオンになるも40年近く続いています。3Fには映画館がこの時ありましたが、その後2013年に閉館しています。

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●東口

東金駅東口は駅記事でもお送りしましたが、駅舎がなく歩道橋で降りたところにロータリーなどの駅前広場スペースが構築されているエリアがあり、この写真はそこを出た駅前道路にあたる場所の様子です。

バスが連なって見えていますが、この東口はバス路線があるもののかなり少なく、圧倒的に西口から出る路線の方が多いです。

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●東金中央公園

駅東口のサンピア(イオンの入っている)の向かいにある公園です。

1979(昭和54)年に東金駅前の区画整理事業の一環でできた公園だそうで、もうすぐ40年になるというところで、この当時だと30年強くらいになります。

駅前にありながら十分な活用がされているのか…、雰囲気的にちょっと勿体ないような気がしました。あくまで感覚ですが。フリーマーケットなどは行われているようです。

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●関寛斎 像

これも東金中央公園内のカットです。

関寛斎(1830-1912)という人物の胸像がありました。

東金出身で蘭方医として生きた人物であり、その思想は現代医学にも通ずるという、「養生」「医療」「運動」の総合性を重視したものであったといいます。この時代の人物にしては長寿で、しかも最後は服毒自殺であったというので、本来ならば大正まで生きられたのではないかというくらいです。

彼の晩年10年は北海道開拓に心血を注いだというもので、努力の甲斐なく夢果たせずに終わったとの事ですが、終生挑戦する気持ちを忘れずに進んだその生涯はまさに「偉人」と言えると思います。

入口にちょっとした門が置かれているのはなんでしょうか?特に但し書き等ありませんでしたが。

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●東金小学校跡

これも同公園内のものです。

東金小学校は開校時期はよく分かりませんが、1974(昭和49)年に統廃合の形でその役目を終えています。なのでOBOGの方々は50代~居られる事になります。

この学校はナント「フラフープを全国に先駆けてやめさせた学校」という結構な記録?をもっています。当時大流行であったこの遊びを「腸ねん転になる」「胃に穴が開く」等の都市伝説が急速に襲いかかり、これにいち早く対応したのがこの学校、という事になるのですね。

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●東金市立鴇嶺小学校

鴇嶺は「ときがね」と読みます。

鴇が鳥の「トキ」を表わします、「朱鷺」とも書きますね。

先程、碑のあった東金小学校の統廃合によって再編された学校のひとつですが、このコンクリートの建物の古さはもっと昔の建物のように思えます。沿革を調べてもこれ以上の記載が見られない為、よく分かりませんが、とにかく渋すぎる建物の小学校で、てっぺんに地球儀があるのもインパクトがあって良かったです。

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●壁画

東金市制40周年を記念して1994年に記念事業として書かれた壁画という事です。

東金というのは全くの内陸の街ですが、えらく鯨が強調されてるな、という感じでした。

ついでに駅東口の駅前の地図もざっくりした内容で載っていました。

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●関東ふれあいの道

東金駅へ戻ってきました。

ハイキングコースが記されたマップです。

東金駅から2駅先の山武市は成東駅までの17kmのコースを「伊藤左千夫のみち」として紹介されています。「野菊の墓」でお馴染みの伊藤左千夫氏の生家が途中にあり、また食虫植物など自然に触れ合い要素も楽しめるコースという事です。

ちょっと距離が長いので時間と体力が少々必要でしょうが。この界隈を楽しむ事ができそうなコースです。

そんなこんなで東金市、東金駅周辺を中心に流し歩いた街歩き、これにて終了いたします。

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2016年12月 2日 (金)

千葉/山武 成東の街あるき

千葉県山武市、JR成東駅からの歩き旅です。

(2011年2月当時)

●山武散策

という看板がでていましたが、「山」の字が山の形で書かれていました(笑)

電車の線路は市内をV字形に横切る格好となっていて、下の部分が分岐しています。現在地である成東駅はこの交差している部分にあります。

しだれ桜のきれいな所や、荘厳な仏像のある所や、いちご園も少なからずあり、自然に恵まれた観光資源が多いと感じました。

また、作家・伊藤左千夫(1864-1913)の生家や記念公園もあります。 『野菊の墓』の作者ですね。松田聖子さんをデビュー時から知る人は、「野菊の墓」の民さんをイメージする方も少なからずいるかと思います。映画デビュー作でもあるので。

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●駅前広場

成東駅前の広場です。

タクシーが数台停まっていて、ちょっとした教育施設が並んでいる、という感じでした。

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●わが街ご案内処

観光案内所でしょうか。

駅を出て、駅前広場右隅にありました。

そしてそこにバス停がありました。

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●駅前通り

駅前感もなく、ただの道路としか思えずでした。

両サイドに高い建物など皆無で、それどころかろくに建物もないような状態でした。

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●関東ふれあいの道

として、ハイキングコース的なものが紹介されていました。

「城跡をたずねるみち」とありました。

関東ふれあいの道とは、関東1都6県をぐるっと一周する長距離自然歩道で、千葉県では29のコースがあり、その29番目がこのコースです。

成東駅から成東城跡公園まで、距離にして5.3kmということで約100分とされています。その途中で長勝寺(波切不動)からの眺望はすばらしいとありました。すぐ近くに成東城跡があり、現在は公園となっていますが、成東城は応永年間(14C末~15C初頭)に築かれ、1620年には廃城になったといいます。途中1530年には千葉勝胤が入って、それまで廃れていたのを再興し、その子が成東氏を名乗ったといわれています。

この時の成東訪問では、駅の前をちょこっと歩いただけなので、とてもこのような所へは行ってはいませんが…。

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●老舗感

溢れるこの景色、という感じですが、手前のコンクリート色そのままな感じが特にいいですね。

今のご時世でミシンというものがどれだけ出回っているのか?と思ったりしますが、ミシンの生産台数を調べてみると1970年前後がピークで年間400万台ほども出ていたものが、2009年には60万台余りとなっていました。

管理人が子供の頃はどこの家庭にもあって、学校でも家庭科で必ずミシンを(男でも)使っていたものですが、今ドキはどうなのでしょうか…。ミシンメーカーのCMも昭和期はTVでよくやっていて、ブラザーなんてドラマの提供で冠がつけられるほどであったのに、最近はミシン業界も不振で他へ業種転換を余儀なくされているようで、厳しいのかなと感じたりします。

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●成東駅入口

といっても成東駅真ん前ではなく、駅から200mほど進んだ所にあるT字交差点です。

駅から直進する道路としては、この左側の建物辺りで突き当りになりますが、ここと交差する道路には神社がちょこちょことあります。

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●月極駐車場

の表示がありましたが、なんで、建物の玄関部分の所に貼ってあるのかな??と思います。塀とか柵に貼ってるなら分かりますが、なんでこんなところに??と。というか、そもそもこの建物は使われているのか??色々よく分かりませんでした。

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●五郎神社

上述のような神社がちょこちょこあるという事でそのひとつがここ五郎神社です。

実に小さな神社ですが、夜泣きの完治、学力の向上に祈願成就されると伝えられている、と傍の説明板にはありました。

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●商店街の雰囲気

が色濃く感じられる通りです。

上の方の「駅前通り」の写真の通りと平行に、成東駅前広場から出ている通りです。

商店が立ち並んで色濃く感じる、というより、独特の街灯が立ち並んでという意味での色濃く感じる、そんな通りです。確かに商店の看板が並んでいますが、やっていないところもありそうで、そして建物の立っていないところもありで。やはり人の気配としては寂しいかなと。この時が日曜日の朝方であいにくの天気であった事もあるでしょうが。

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●伊藤左千夫碑

成東駅に戻ってきてのカットです。

郷土の偉人である伊藤左千夫の句碑と記念碑です。

大変茶道に造詣が深く、師事していた正岡子規からは「茶博士」と呼ばれていたそうです。また「野菊の墓」は夏目漱石に評価されたといいますが、彼のかなり晩年に発表された作品で、また自身初の小説であったそうで、元々歌人であったところからのこの作品を執筆/発表となり、それで後世にもこのように名を残しており、実に素晴らしいと思いました。

あと個人的に成東で連想するのは、元中日ドラゴンズで先発に抑えにフル回転した鈴木孝政氏、この存在を忘れてはいけないとも思っています。100勝以上100セーブ近く(96S)をマークした元祖守護神で、面白い記録として長嶋茂雄、一茂の両方と公式戦で対決した唯一の投手であるそうです、これを実現する条件は「昭和49年まで、かつ63年から現役としてセ・リーグに在籍すること」になるので、なかなかに難しい事です。

名所らしい名所へ行こうと思えば、駅から離れた所へ行く必要がありますが、それが分かっただけでも、ここを旅して良かった、と勝手に思ってます。

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2015年12月18日 (金)

千葉/大網白里 1月2日の郵便ポスト

千葉県大網白里(おおあみしらさと)市、JR大網駅からの歩き旅です。

(2011年1月当時)

●大網白里「町」みどころ

大網駅前の「見どころ」看板です。

この2011年当時は大網白里「町」だったのですが、駅記事でふれたようにその後「市制準備室」が設置され、この写真の2年後にあたる2013年1月1日付で同じ名前のまま「市」に昇格しました。なのでこの時は、市に昇格する前の貴重なタイミングでの記録、という事になります。

国勢調査レベルでは2005年時点で既に人口が5万に届こうというところで、2010年は5万を突破、市制化の条件とされる人口5万を越えた事で、そのまま合併する事なく単独で市制化を果たしました。

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●タウンマップ

これも当然のように、大網白里「町」となっていますが、地図中の緑の部分が町域(現在の市域)に相当し、千葉県の中東部を東西に細長い形で形成されていて、形的にちょっと面白いものとなっています。

この地図の現在地である大網駅は真ん中よりやや左側の線が集中した辺りにあります。

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●マンホール

大網白里のマンホールですが、九十九里浜に朝日が昇る様子、が描かれているといわれます。上の写真のマップの右端の部分が海岸沿いであり、駅からと距離があるますが、海岸線は九十九里浜の中でもあり、この絵のようなのかは分かりませんが、なかなか眺めのよい景色を拝めるのだろうと思います。

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●よりあいばし

市内をほぼ東西に流れる「小中川」に架かる橋からのカットです。

水かさが少なくて葦のようなものがかなり目立っていましたが、河原沿いにはガードレールのついたちゃんとした道路がありました。

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●歓迎

駅前の商店街に掛かっていた幟です。

この裸の熊のような豚のような?犬のような?生きものは何でしょう?ちょっと調べてもなかなかは出てきませんでした。なんで横顔なんだろう、とか、腹がポッコリ出てるな、とか、そんな事ばっかり思わされます。

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●大網白里の街並み

2枚写真のあるうち、上側は大網駅から東へ200m程の地点で、京葉銀行なんてあるところに千葉らしさを感じます。

下側のは忘れましたが、同じ街灯で同じ商工会の幟がかかっており、延長上のものかと。

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●地形

先述の通り、市域(当時の町域)は東西に長いものとなっていますが、これは本来横長の地形を縦にしたもので、縄文式土器のような形になっています。

そんな中で文化財が何十もあるという訳ですね。ちなみに下が海側ですね。(右側が北)

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●大網白里町役場(当時)

現在の大網白里市役所です。そのまま市になったので特に今と変わりはないものと思われます。

正面から見ると、入口上あたりに役場の表示があるだけで、このように遠目で見るとパッと見て何の建物か分からない感じでした。

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●大網郵便局

郡部ながら立派な郵便局と思って見ていましたが当時人口5万越えていると知らずにそんな事を思っていました。

上の町役場(現・市役所)のほぼ向かいにあります。

この時、1月2日でお正月真っ只中でしたが、近年は本当に出歩く人が増えたなと思います。昔はこんな時期は年賀状の返信でポストに入れに来る人たちぐらいしか居ませんでしたが、今や初売りやら何やらで人出が多くなったものです。

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●大網局のポスト

年明け間もない1月2日らしい光景ですが、「年賀用」と「一般郵便用」にポストの入口が分けられていて、上にそれぞれ雪だるまの人形が!

それにしてもここを撮りたくても、年賀を出す人の行き来がひっきりなしでなかなか撮れませんでした。みんなさんなに1月2日に出すのかな、と思って見ていました。自分も結構そうですが…、1月1日にもらった分をその日ではなく翌日に返す感じで。

1月2日に訪ねたので、逆にそういう賑やかに行き来する街の様子を見られたのかな、という気もして、この大網白里で思い出すのは、1月2日という日付と、年賀の返信を出しに行き来する人々の様子でした。

市になってから何がどう変わった訳ではないかもしれませんが、一度また行ってみたいなとは思っています。

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2015年7月28日 (火)

千葉/館山 ドン突きの北条海岸まで

千葉県館山市、JR館山駅の歩き旅です。

(2011年1月当時)

●宿泊地

ここ館山へ来たのは2011年1月と今からもう4年半も前の事ですが、当時千葉県の未訪市を順に巡っていってたところで、1日それなりに巡って宿泊した地がここだった訳です。

ホテルマイグラント館山

シングルルームは\6,670となっていました。東〇インに似た形状の外装ですが、内装は全然違っていて、吹き抜け形式になっていました。

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●マンホール

館山市のマンホールです。

太平洋に浮かぶヨットと燦々と輝く太陽をイメージしたとされています。

どこかのアニメに出てきそうなすごくデフォルメされた感のあるほのぼのしたイラストといった感じでした。

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●館山駅バルコニーから

館山駅の2F部分がバルコニー式になっているのは駅記事で御紹介しましたが、そこから眺めた駅前通りの様子です。

海まで続く一本道の両サイドには椰子の木がズラリと並び、南国トロピカルムードです。千葉県にしてこの南国の雰囲気…と思いましたが。

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●ウォーキングコース

この地図からも駅が海にほど近い事が窺えると思いますが、ウォーキングコースもシーサイドの部分が多く見られました。風景の良い所が多いので、癒されながら歩けるのではないかと思いました。

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●降り立つ!

駅上のバルコニーから眺めていた風景を、地上に降り立って眺めたものです。

道路が向こう側へ吸い込まれそうな感覚に陥るのがなんともいえません。

市の中心の駅前という感じとは全然違いますが、すごく絵になる風景なので、それはそれで良しかなと思いました。

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●振り返る!

館山駅から海に向かって続く駅前道を歩き切って、後ろを振り返ったところです。

なので向こうに見えるのが館山駅です。

ヤシ並木はこっから撮っても絵になるな…と思いきや、そうでもなかったかなと(笑)

なんか、駅側から見るより木の密度がまばらな印象でした。

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●ドン突き交差点

駅前通りを突き当りまでいったところ、T字路の交差点になっていて、シーサイドロードと交差します。

向こうにある日よけの屋根のようなものが海岸を物語っています。

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●北条海岸

別名を「鏡ケ浦」といい、市内で最も長い海岸線をもつ海岸です。

駅のすぐ近くで訪ねやすさはGOODです。

この時は逆に真冬で全くのオフシーズンでした…。

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●水平線を眺む

日本の夕陽百選にも選ばれているという素晴らしい海岸です。

この時は季節が真冬ならば、訪ねた時間も夜来て早朝に出るといった、夕陽とはおよそ縁遠い時間帯でした。

それでも自然の持つ美しい風景、というか、元の素地が良いのかなと思います。季節時刻問わずに素晴らしい光景だったのでした。

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2015年5月16日 (土)

千葉/富津 ひっそり海岸への道

千葉県富津市、JR大貫駅からの歩き旅です。

(2011年10月当時)

●駅からの道

大貫駅を西へ出てすぐの所、これを向こう(南)に歩いていきます。

左に印象深い建物が見え隠れしています。

駅からまっすぐの通りはないものの、これに近い角度の通りはありました。しかし今回は線路に沿う形で歩いてみました。

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●気になる建物

上の写真の左側に見えていたのはこの建屋です。

2枚の写真で随分と色が違っていますが、カメラで撮った時のモードの違いによるものです。

で、これが何の建物かと思ったら「君津信用組合」の大佐和支店というものでした。

1962年設立という事で、この2011年当時は50周年を迎えるという時期であったので、「おかげさまで50周年」とありました。

それにしてもこの金融機関らしからぬ建物、、素晴らしいです。

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●海への道

この大貫駅前、富津市の中心駅的な位置づけとの事ですが、どうもそんな感じを受けづらい、のどかな雰囲気で、富津ならではのものに何か触れられないか?と思いながら歩いていたところ、このような看板に出くわしました。

「ようこそ!!大貫中央海水浴場」と。海があるのか!と思い、進んでみましたが、少し歩いただけでは全然分かりませんでした。実際には700~800m程あると後で分かりましたが、あまり時間もなかったので、海に行き着けそうにない雰囲気であれば、この辺少し歩いて引き返そうとしていました。実際ほぼそうなりましたが…

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海への道

海水浴場入口の看板に従い進んで行ったのですが…

風景はただ寂しくなっていくばかり、これはちょっとこの先期待できない感が一気に襲ってきて結局は途中で引き返してきたのでした。

下側の写真は少し盛り上がっていますが、特に古墳でも何でもないようです。

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大貫会館

複合商業施設、という事になるでしょうか。大貫駅から徒歩4分の所にあるこじんまりとした建屋です。

検索してもなかなか情報が出てこないのですが、ローカル感がいい感じでした。下の「まさこ」というお店は14時からやっているアットホームな居酒屋、と口コミにありました。

こういった地場の居酒屋で飲食する、というのもその街を楽しむ方法の大きなひとつではありますね。

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はずれた看板

上の写真の「大貫会館」が向こうに小さく見えるこの地点で、小さな看板が外れた形で置かれていました。

「市民斎場 とわの…」まで見えていますが、「とわの杜(もり)」です。

現在も市民斎場として営業していますが、この隣駅の佐貫町駅から徒歩1分の地にあり、この辺にあるものではありません。書いてある住所?も「佐貫町駅前」と、現在の場所にあるものでした。

何故ここに置かれているのかは分かりませんが、かつて使われていたであろう看板を目にすると色々と感じるものがあります。

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駅前に戻る

海岸への道を引き返してからの大貫駅前へ戻ってきたところです。

右に隠れている部分が大貫駅になります。

海岸への道と比べるとかなり都会的に見えて不思議な感覚になりました。

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これというものなく発つ事となりましたが、大貫駅周辺の景色はこんな感じ、という事だけでも知って頂ければ幸いです。今度行く事があれば、せめて海岸ぐらいは行っておきたいものです。

2014年9月18日 (木)

JR五井駅 (千葉県市原市)

千葉県市原市のJR五井(ごい)です。

市原市は千葉県の中央部に位置し、人口は267,102人(2014.7.1現在)で、Jリーグ・ジェフ市原のホームタウンとして有名ですが、千葉県では6番目に人口が多い市ですが、工業都市の性格が強く、工業製品出荷額は県内1位となっています。また、ゴルフ場の数が日本一という側面をもつ自治体でもあります。

-JR五井駅
【路線】JR内房線(曽我-安房鴨川間)
    小湊鉄道線(五井-上総中野間)

【開業】(JR)1912年3月28
     (小湊)1925年3月7日

【訪問】2011年1
【1日あたり平均乗車人員】 JR-18,549人/日 (2012年)
                  小湊-1,520人/日 (2010年)
【近隣の主要駅(曽我方面)曽我駅→3駅
           (安房鴨川方面)袖ヶ浦駅→3駅
           (上総中野方面)上総牛久駅→7駅

●駅名標

市原市の中心駅です。

市原駅というのは京都の叡山電鉄に存在し、また今は亡きJR鍛冶屋線の駅にもありましたが、市原市の中心地である五井地区の名を取ってのもので、市原市として成立したのが1963年になってからの事なので、元々の地名を駅名とし、それを変えずにきたのでしょうか。駅名変更に反対する動きが強いと、そのまま変更なし、という事もよくありますね。

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●ホーム

左が1番線、右が2番線で、いずれもJRのホームです。人口27万を数える市原市の中心駅ですが、JRのホームとしては意外にもこの2線だけです。

JR以外にも小湊鉄道の始発駅として分岐もしています。

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●ホームと通路

跨線橋が長く通っていますが、真ん中部分で若干ずれているのが見えると思います。これは小湊鉄道への入口通路となっています。

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●小湊鉄道の列車

この上半分の色は何色というんでしょうか。柿色というには薄く、クリーム色というには濃いかなという微妙な色ですが、この色と赤のツートンがトレードマークの列車です。

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●小湊鉄道への通路

3・4番線は小湊鉄道用のホームとなっており、JRのホームから改札へ向かうところ、横目に見えました。

海沿いを走るJRと内陸を走る小湊鉄道では利用者数も桁違いで、こちら側は急に閑散とした雰囲気を感じました。

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●駅前広場

キッチリ整備された広場になっています。

店舗を中心に高層の建物が多くあり、そこそこの都市の駅前らしい雰囲気にもなっています。タクシーも多数停まっていました。

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●五井駅 駅舎

駅名表示の上の半円屋根が特徴的な駅舎です。意外にもシンプルというか、もっと大規模な駅舎を想像していました。

駅ビルになるかならないかでだいぶ変わってくるものだな、という事を感じます。

市原市の中心駅は、ここ五井駅です。という事を改めて書いたことで、この記事の〆としたいと思います。

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2014年1月19日 (日)

千葉/匝瑳 八日市場駅前ぶらり

千葉県匝瑳(そうさ)市、JR八日市場駅からの歩き旅です。

(2011年2月当時)

八日市場駅を振り返り

八日市場駅から北方向へ歩いて200mも行ったところ辺りで振り返ってみたカットで、向こうには八日市場駅が小さく見えています。

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八日市場「イ」なる地点です。

上の写真で、八日市場駅を振り返った時に標識に国道126号線が見えていましたが、この国道沿いにあるそうで、この「イ」以外に、ロハニホまでそれぞれあるそうです。

そしてそれらのある範囲こそが昭和大合併の1954年時点までの旧・八日市場の市域であったといわれています。

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鋳銅製地蔵菩薩坐像

昭和43年に当時の八日市場市の指定有形文化財となった地蔵菩薩で、江戸中期1720年建立されています。やはり八日市場駅から駅前道を直進し、国道126号との交差点を越えて程ない所の、見徳寺というお寺にあります。

市内で一番大きい地蔵ということで、台座が1.45㍍、像高は1.65㍍あるそうです。

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見徳寺 お堂

その見徳寺のお堂です。

横には広くないですが、大きな台形状の屋根が下の建屋を覆うような形となっています。

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再び通りへ

なんともインパクトのある潰れた家屋が…

崩落とか心配してしまいそうなレベルに思えました。

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幹線道

独特の街灯がつく商店街でもある道路と思われます。

ドラッグのチェーンと思しき店と個人のお店と並び立つ眺めは、全国展開が押し寄せる中にも地場のお店がまだ生き続けている、そんなせめぎ合いのようにも見えました。

とまぁ、こんな景色があった匝瑳市でした。

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2013年12月 8日 (日)

千葉/南房総 富浦の街と海

千葉県南房総市、JR富浦駅からの歩き旅です。

(2011年1月当時)

富浦駅前通り

富浦駅の真ん前の通り、一応商店街の体をなしてはいますが、店は結構まばらな感じで、駅記事の時にも触れましたが、左手前のヤマザキのお店でお土産も買えます。

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びわの街灯

ここ富浦は「日本一のびわの郷」を謳っており、街灯にもビワが現されています。

3つある灯のうちのひとつが、ビワ色になっているという。

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駅前通り突きあたり

富浦駅から200mほど、駅前通りをまっすぐ歩いた突き当りの地点です。

交差する道路が国道127号線です。

こんな駅前の突き当りに家があるってなかなか、せわしない状況のように思えます。ホント急な飛び出しができないというか。

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きらびやか

なモニュメントがありました。

これも先の駅前交差点の突き当り部分、標識の左の矢印は駅方面を指していますが、市役所も同じ方向で、駅より更に向こう、駅の裏手という事になります。

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海岸

富浦駅から直線距離にして約300m、まっすぐ行ける訳ではないので、多少距離は伸びますが、そこそこ近くで海を見る事ができます。

この時は1月だったので、真冬の海ですが、海は季節問わず美しいし、それぞれの季節にそれぞれの顔を持つな、と思いながら眺めています。

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富浦・冬の海

上から正面、左(南)向き、右(北)向きといった形になりますが、左側は特に地図で見ても半島状になっていて、陸地からせり出しています。

夏にはキャンプ場としても利用され賑わう海岸ですが、冬になればこの通りで、情緒あふれる光景を独り占めにできるのも贅沢な感じでgoodです。

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以上、南房総市の風景でした

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