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10群馬県

2017年5月11日 (木)

JR上牧駅 (群馬県利根郡みなかみ町)

群馬県利根郡みなかみ町のJR上牧(かみもく)です

みなかみ町は、群馬県の最北端に位置し、新潟県に接していて、人口は18,795人
(2017.3.1現在)で、群馬県では最も広い町となっています。
その名前の通りですが、水上と書いて「みなかみ」と読む、水上温泉郷で有名な街です。

-JR上牧駅-
【路線】
JR上越線(高崎-宮内間)
【開業】1928年10月30日
【訪問】2016年12月
【1日あたり平均乗車人員】 127人/日 (2011年)
【近隣の主要駅 (高崎方面)沼田駅→2駅 
           (宮内方面)水上駅→隣駅
 

●ホーム

上牧と書いて「かみもく」と読みます。

大阪府の阪急の駅に同じ字で「かんまき」と読む駅がありますが、読みが違うせいか、
どちらも何も冠される事なく、「上牧」駅として共存しています。

隣の駅が同じみなかみ町の町名を名乗る「水上」駅で、かつて栄華を誇ったと
思われる壮大な温泉街があります。この上牧駅にも温泉とホテルはわずかに
ありますが、昭和のまま時が止まったと思われる風景が少なからず見られます。

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●待合室

高架というか築堤上の駅という方が正しいのかもしれませんが、入口から階段を
上ってこのホームに行き着く形式です。

入口には駅舎があり待合スペースはある訳ですが、電車が来たかどうかが
分かりにくいので、電車の動向が分かる場所での待合室はこの小屋の中となります。
窓のついた完全室内型で、外壁は木造でかなり年季の入った様子が窺えます。

この向こうは街の中心である水上(みなかみ)の方であったり、新潟県の長岡方向で
あり、群馬県から離れていきます。

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●ホーム

下2枚のうち上側が、向かい側ホームとなり、2面2線ホームとなっています。

しかし両者を繋ぐものがなく、跨線橋はおろか構内踏切もなく、この間を合法的に
行けるものではありません。

実は途中の階段が二股に分かれていて、その時点でどちら方面に行くかによって、
上る階段が分かれてくるという事です。

向いホーム階段を上ってくると、この入口に至り、これとは別に左に隠れている部分に
待合室があります。

しかし屋根のあるスペースが広かったり、設備的に充実をしているのは、手前側の
ホーム(下側の写真の右半分)にあたります。

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●二又階段

先に書きました、乗る電車の方面によってのぼる階段が変わってくるというもの
です。新潟県の長岡方面なら、この階段をまっすぐ上り続ける事となります。

反対に高崎方面へ行く場合は、この右に分かれている側の階段を上って、
そのまま上がっていった先とは向かいになるホームの方へと進んでいく
事となります。なかなか面白い構造であり、特徴的であり、駅訪問として
非常に印象深い駅となります。

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●窓から

これは駅階段の窓の様子です。

上の写真でも所々にこのような小さな小窓を見る事ができますが、こんなX'mas仕様の
飾付けがなされていました。ちょうどこの訪問時がその時期であったというのもありまが、
ここ無人駅なので尚更称賛ものです。

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●駅舎内

階段を下りて改札を抜ける形で、この駅舎内に到達します。

ここもやはりクリスマスの飾りつけが見事でした。

これで無人駅とは思えないですね。

また駅舎内の外周はグルッと椅子が囲っていますが、1日に130人ほどしか乗車
しない駅に約1/10もの椅子があるという事がおどろきでした。

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●駅舎内2

上の写真とは反対側になりますが、ホームから出ていく場合はこの写真の右側のドア
を開けて、右側がこの券売機の向きで、左側が上の写真のベンチ群の向きとなります。

券売機の横にはクリスマスツリーがありました!

改札の跡もなく、根っからの無人駅という雰囲気で、それでもこんな飾付けがなされ
ていて、なかなかに謎でした。

券売機があるものの無人駅である為、券を買わずとも電車に乗れてしまい、
また乗った電車はワンマンではなかったようで、整理券もなかったので、
隣の水上駅まで乗った時に、降りる際の改札で、切符も何もありませんと
言ったら、水上駅の駅員さんに「困りますね!」と何度も言われた苦い思い出
もあります。

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●時刻表

上牧駅の時刻表です。

ほぼ1時間に1本で、朝は少し多いかなというところです。

上りである高崎方面が下りである水上方面より2時間ほど始発も終電も遅い
格好となっており、上りの終電は21時台につき要注意です。

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●駅前俯瞰

階段上のホームから駅前を見下ろした様子です。

広場の前は幹線道路で、これに沿って昔ながらの建物が時折更地を交えながら立ち並んでいて、その向こうは山あいの集落が続く感じでした。

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●見上げれば…

上の写真がホームから見下ろした様子ならば、こちらはホーム側へ見上げた様子です。

築堤に沿うように階段が屋根つきで伸びていて、また結構な段数あります。

途中で向かい側ホームへの通路に分岐するという面白い構造です。

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●駅前広場

駅を出て、駅前広場の右半分です。

左半分の様子は駅前俯瞰の写真にある感じです。

町の中心ではありませんが一応、右前にあるような地区のMAPはあります。

真ん前の建物はなかなか昭和感が見事です。結構ゴーストタウンっぽい雰囲気がなんともいえませんでした。

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●上牧駅 駅舎

無人ながら駅舎がちゃんとあり、階段は屋根つきで設備費的には結構かかってるのではないかと思います。

そしてよくメンテされている事!こんな飾付けがあちこちなされている無人駅もなかなかないのではと思わされます。

温泉が徒歩圏内にあります。→風和の湯 

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●夜の上牧駅

ここに初めて来た時は夜でした。

近くのホテルに泊まったのですが、そこの露天風呂で独り占めできた時の幸せ感といえばなかったです。昼間の景色は、なんとなく通り過ぎてしまうかもしれませんが、夜はこれは足を止めずにいられないくらい、インパクトがありました。

クリスマス仕様はあったとしても、今はどうなっているんでしょうか…??

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2017年2月12日 (日)

群馬/安中 何はなくとも安中榛名

群馬県安中市、JR安中榛名駅からの街の様子です。

(2011年4月当時)

●安中榛名 駅前広場

駐車スペースと「人人人」のようなモニュメントでロータリーを形成しているだけ、という感じの駅前広場です。

とにかく人の気配がない、ゴースト感満載の新幹線駅前とは思えない荒涼とした雰囲気に支配されていた、そんな感じでした。繰り返しになりますが、これが新幹線停車駅の駅前なのです。

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●在りし日のデイリーストア

当時、駅前を訪ねた時に唯一あったお店がこのヤマザキデイリーストアでした。

「当時」と書いたのは、今はもうないそうです。この訪問の2年後の2013年3月いっぱいをもって閉店してしまい、現在この安中榛名駅の駅前にはお店が1件もない そうです。そういう意味で実に貴重なカットとなりました。

この駅には夕方から夜暗くなった後まで居ましたが、暗くなると駅から見ると、この店しか灯りが点いていないといっても過言ではない状態でした。

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●これも駅前

駅前広場を出てすぐあたりの所で横を向くとこんな感じでした。

新幹線の駅前で、こんなに何もないの??この後に行く事になる「くりこま高原駅」(宮城県栗原市)の開業直後は「何もない駅」と言われていましたが、タワーがあったりして、少なくとも今は何かしらの施設がありますが、こちらは駅前すぐでもこの風景です。本当に信じ難いですが、これが新幹線駅の駅前の姿なのです。

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●駅前交差点辺り

先程のヤマザキデイリーストアのあった駅前交差点の別アングルです。

店がないと御覧のような状態、ただ道があるだけでなんにもありません。

少なくとも東海道・山陽新幹線の駅前では考えられないような風景が続いていきます。

ここ安中市の中心地はこの駅と平行に走っているJR信越本線の「安中駅」という事で、ここから南へ約5kmの所にあり、そこはそれなりの街の風景が広がっているようですが、安中市ではここしか行った事がないので、また機会を見て安中駅へも行ってみたいものです。

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●みのりが丘パノラマパーク

駅前交差点をまっすぐ過ぎると、ひょこっと現れただだっ広いスペースがありました。

一帯が大きな公園となっていました。 「みのりが丘パノラマパーク」という事で2010年に当駅前のハコモノとして造られたという事です。

一応、安中榛名駅から南へ80mという至近距離にありますが、ここへ行くまでのあまりの何もなさに、その距離がかなり長く感じられました。

壮大に広がる公園スペースは、上段下段の2段構成で面積は合わせて約2haという事で、20,000㎡ですが、400m×500mで2haになります。

しかし…人はひとりもいませんでした。

非常にもったいないですね…、トイレや駐車場などの設備は多く確保し、またバリアフリー構造にもなっているといいますが、人っ気の全くなさたるや…。特に遊具があるとかそういうものではありませんでした。この花壇がかなり目立っている形で。

公園の端には人家が見えました。人が住んでるんだここ!と、駅に来てかなり経ってから認識しました(笑)

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●天空の丘

駅を更に南下するとこのような丘の公園へ。

幅24メートル、高さ7メートルというでっかいモニュメントがお出迎えです。

この辺りでは、最も目立つ物体だと思います。

ここから街を見下ろす事ができます。

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●ひろがる住宅

何もない!と半ば絶望していましたが、少し歩けば住宅街が見えてきました。

道路もこのようにお金をかけて?整備されていました。

しかし…、人っ気がない…、、少なくとも歩いている人を見かけた事は皆無でした。走っている車は見たりすれ違ったりしましだか、この街では人とすれ違った事がありませんでした。なので、管理人の中ではここはやはりゴーストタウンの印象しかないです。まぁタウン(つまり建物はある)というだけ良かったですが、来た当初は人家すら全くないのかと思っていましたから。

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●健康物語

公園のへりに歩道が整備されていて、基本そこを延々歩いていましたが、その途中に出くわしたものです。

踏んで歩いて、ということで、向こう側にチラリと見えますが、突起のついた石の群れが続いていました。靴を脱いで歩きたいところです。

「ぬるいお湯を飲んで歩くと効果的です」と書かれていますが、この場に居てぬるいお湯を持ち合わせている事がほぼ不可能かと。前以て用意するしかですね。

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●歩道

こんな歩道があって、そこをずっと歩いていました。

暗くなりかけの頃でもあり、画的にいまひとつですが…。

でもホントに人とはすれ違わなかったし、商業施設は全く見受けられませんでした。デイリーストアのなき今、ますますもって車無しでの買い物はムリなのかなと。このまま居住者の年齢が上がっていったら…と思わなくもないですね、なんか誘致してほしいけど、勝算なしとしてどこも手が出せないかも…とも考えてしまいます。

ここに何か商業施設が乗りだしてきた時には、もう一度その変わった姿を見てみたいものです。次は安中市の別の駅の前を旅して、いつかこうしてレポしたいものです。

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2017年2月 4日 (土)

JR長野原草津口駅 (群馬県吾妻郡長野原町)

smile群馬県吾妻郡長野原町のJR長野原草津口(ながのはら・くさつぐち)です

長野原町は、群馬県の北西部に位置し、人口は5,453人(2016.10.1現在)で、温泉界の東の横綱といわれる「草津温泉」を有する観光の町です。

-JR長野原草津口駅-
【路線】
JR吾妻線(渋川-大前間)
【開業】1945年1月2日
【訪問】2016年12
【1日あたり平均乗車人員】 714人/日 (2014年)
【近隣の主要駅】 (渋川方面)群馬原町駅→5駅
            (大前方面)万座・鹿沢口駅→4駅


●駅名標周辺

1991年に現駅名になったという事で、それまでは単に「長野原駅」という町名が駅名になっていた形でした。やはり草津温泉spaの最寄りである部分を強力にアピールしたかったのでしょうか。

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●ホーム

ホームは1面2線ですが、改札はこの向こうをまっすぐ歩く形となります。大抵は跨線橋や地下通路や構内踏切を渡って改札へ進みますが、まるで終着駅のような構造でした。

ホームを過ぎると長い通路を渡って外へ出る形となります。

この写真は着いた時のもので、それほど人がいませんでしたが、帰りの時はこのホームに溢れんばかりの人がいて、それ以前に改札に入る前に、出てくる人が大渋滞してなかなか改札へ入れず、長蛇の列の中に並んでいました。

郡部の町の駅といえど、そこは日本有数の草津温泉の最寄駅でという事で、侮るなかれでした。草津温泉へは徒歩では無理でバスでのアクセスとなりますが、温泉から当駅へのバスもまた長蛇の列でした。

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●ホーム2

1面2線ではありますが、もう1本側線があります。

特急「草津」trainの停車駅で、上野駅まで2時間半で結んでいます。以前は万座・鹿沢口方面まで通っていましたが、昨年定期便としては廃止され、現在は当駅までとなっているそうです。 

そんな訳でホームの長さはかなりとられています。ここから帰る時に長蛇の列を並んで入ってきたわけですが、皆思い思いに広がって、向かいに停まっていた特急列車の幅に合わせて待っていたところへやって来たのは短い普通列車で、およそ見当違いの場所に並んで待っていた多くの人々が急ぎ足で電車に乗り込んでいました、管理人もこの時その一人だった訳ですがsmile

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●歓迎

ホームを抜けて長い通路へと差し掛かり、その途中にあった看板です。

絵の中には高崎のダルマやぐんまちゃんもいます。ぐんまちゃんもすっかり有名になったものですね。

「草津温泉」とありますが、とにかくこの駅は草津温泉に依存するところ大と感じさせられました。

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●駅スタンプ

かなり小さく写ってしまいましたが、やはりここでも草津温泉が前面に出たものとなっていました。

スタンプをきっちり収集しようという気があまりないのですが、最近は撮れるものはこうしてと撮ろうという形で記録として残しています。

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●駅前広場の真ん中

温泉の湧き出る岩肌とそこに立つ大きな時計塔、当駅を象徴する駅前モニュメントです。

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●駅前の風景

駅前広場を離れた所の風景ですが、曲線の橋が連なっている様子は印象的でしたが、道路だけで街が形成されている感がなく、はっきり言って何もないです。なんでこんな所に駅があるのか??とさえ思う程でした。

実際行った時も草津温泉行のバスに乗ったのと、帰りにバスから降りて電車を待っていたのとに利用しただけで、駅舎をじっくり見る間もないに等しい状態でした。散歩する暇があればそれも良かったのでしょうが、何もないとちょっとしんどかったかな、というところでした。みんな草津温泉行のバスに乗るか、バスから降りて電車待つか、それしかない感じでした。

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●長野原草津口駅 駅舎

2013年8月に供用された新駅舎です。

旧駅舎の写真を見てみると、より役所チックな建物で、この新駅舎はかなりアートな部分が出ているなと感じました。

駅前にはバスが何台も停まっていて、草津温泉バスターミナル行きが複数のりばにわたって占められています。といっても次から次へどんどんくる感じではないですが…。

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●草津温泉行バス

最後にバスチケット購入時の写真です。

長野原草津「口」という事で、草津温泉前とかではなく、やはり距離があります。

という訳でバスに乗って行った訳で、このチケットは草津温泉のターミナルの方で駅へ戻る時に購入したものです。片道約25分で、運賃は御覧の通り700円です。

ダイヤ的には、1時間~1時間半に1本というところでしょうか。電車のダイヤもそれほど便数がある訳ではないので、電車とバスとよく下調べしておいた方が無難です。

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2016年10月 9日 (日)

群馬/富岡 世界遺産への道!

群馬県富岡市、上信電鉄/上州富岡駅からの歩き旅です。

(2011年4月当時)

●駅前通り

上州富岡駅からまっすぐの目線で見た、駅から伸びた通りです。

「世界遺産への道」などとたいそうなタイトルにしましたが、何のことはありません、上州富岡駅から富岡製糸場へ辿り着くまでの道のりであり、また富岡製糸場自体が世界遺産へと突き進もうとしている時期である事を掛け合わせているまでです。

商店街色は薄そうですが、かつては商店街色が濃かったのかな?と思わせる名残が電灯に窺えます。

手前のたばこ売場には昭和を感じます。今やコンビニで気軽に買えてしまって、街のたばこ屋さんがどんどんなくなってしまうのは寂しいですね。

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●駅前通り2

こちらは駅を出て右側を向いたところの通りです。

木造の建物やレンガの立派な建物など、ピンポイントで目を惹くエリアです。

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●富岡市役所

駅から程ない所にある市役所ですが、結構こじんまりとした市役所です。てっぺんのフェンスに当たる部分が工事中のような雰囲気を醸し出しているようにも見えますが、きっとそんな事はないのでしょう。

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●まちなか案内MAP

上州富岡駅から富岡製糸場までの道のりが窺えます。

富岡製糸場 徒歩8分

上州富岡駅 徒歩2分

これが現在地からの距離で、駅から製糸場まで徒歩10分となり、問題なく歩いて行けますrun

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●レンガすべり台

市役所付近の公園の一角にありました。

富岡製糸場のイメージなのか、なんとも厳かなすべり台で、気軽に滑るのがはばかられそうです。

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●イラスト

シャッターに塀にと近くで何ヶ所かこんなイラストを見かけました。

2枚あるうちの上側の写真は祭りのものですが、これは「富岡どんと祭り」 のものでしょうか?山車と踊りの競演など市民総参加の祭りとして2年に1度開催されているそうで、今年は10/15(土)・16(日)と開催されるそうです。なんと、次の週末ですね!

紅葉の葉らしきものが添えられているのも秋祭りを連想させる意味合いでしょうか。

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●山車蔵?

らしき大きな蔵がありました。

かなり年季入っています。しかし屋台や山車なら何か銘打ってそうなものですが、ここにはなんにもありません。

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●富岡市マンホール

これは旧富岡市のマンホールだそうで、2014年に新デザインのものが採用されているようです。この訪問時が2011年なもので、まだこの時には存在していませんでした。

で、この分は旧富岡市の花である藤と市の木モミジ、そして鏑川(利根川水系の一級河川)の清流が描かれたもの、だそうです。外周部分はやはり富岡製糸場のイメージでレンガが囲っているという具合です。

新デザインは製糸場が世界遺産登録されたこともあり、その建屋がバッチリ描かれたものとなっていました。

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●富岡交差点を過ぎる

上州富岡駅から南へ約200mの「富岡」交差点をさらに南へ渡ってすぐの辺りです。左手には群馬銀行が見えますが、金融機関も距離を置きつつ点在しています。そして商店が並ぶ街並み、駅の真ん前よりこの辺りが実質的な商店街といえようかと思います。

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●製糸場への道!

上の写真の群馬銀行等の通りを更に200mほど南下して、これを右折し西へと進路を変えたところです。

多少のカーブはありますが、これをまた道なりに200m程進めば、富岡製糸場の入口へと至ります。まさに「製糸場への道」で。

当時まだ世界遺産登録認定前でしたので、 「富岡製糸場を世界遺産に」なんて幟が立っていました。このフレーズのバックの柄がレンガとは…凝ったものだな、と感心しました。

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●見えてきた!

見えてきました富岡製糸場!

やがて世界遺産になる、その数年前の姿です。

世界遺産になってこの辺りがどうなっていっているのか分かりませんが、当時は観光名所的な土産物店が続くという雰囲気は薄い所でした、飲食店は並んでいますが。

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●製糸場

の前まで来ました!

時間の都合で中へは入りませんでしたが、世界遺産登録前でも多くの方が観光で来られていました。

ちなみに入場料は大人500円(団体400円)、大学生・高校生は250円、小中学生は150円とありました。2007年4月から有料化されたそうで、それまでは無料だったねですね。世界遺産暫定リスト入りなどの影響ですね。

2010年度の累計訪問者数は約20万人との表示も出ていましたが、その後、特に世界遺産登録となってからは急激に伸びて、直近では100万人を越えています。→コチラ

明治ひとケタから操業をしていた近代工場のルーツ的なこの存在、富岡は今着実に熱くなっている、のかと思います。

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2016年10月 3日 (月)

JR高崎駅 (群馬県高崎市)

群馬県高崎市のJR・上信電鉄/高崎(たかさき)です

高崎市は、群馬県の南西部に位置し、人口は370,751人(2015.11.1現在)で、県庁所在地の前橋市と並ぶ群馬の二大都市で、人口ではここ高崎が県内最多となっています。新幹線も前橋ではなく、高崎にあるところにこの街の重要性が窺えます。地元の「上毛かるた」では関東と信越を繋ぐ街、と歌われています。

日本一のダルマの産地であり、また高さ40mを越える「高崎白衣大観音」があります。ウルトラマンの身長を体感したければ、これを見に行けばいい訳です(笑)

-JR・上信電鉄/高崎駅-
【路線】
JR高崎線(大宮-高崎間)
      上越線(高崎-宮内間)
      信越本線(高崎-横川間)
      上越新幹線(大宮-新潟間)
    上信電鉄上信線(高崎-下仁田間)

【開業】JR-1884年5月1日
     上信-1897年9月10日

【訪問】初訪問-2005年11
【1日あたり平均乗車人員】 JR-29,478人/日 (2015年)
                  上信-
 2,295人/日 (2015年)
【近隣の主要駅 (大宮方面)本庄駅→4駅  ※高崎線 熊谷駅→2駅 ※新幹線
           (宮内方面)新前橋
→3駅 ※上越線
           (横川方面)安中駅→3駅  
※信越本線
           (新潟方面)長岡駅→4駅  
※新幹線
           (高麗川方面)群馬藤岡駅→3駅 
※八高線
           (大前方面)中之条駅→12駅 
※吾妻線
           (小山方面)前橋駅→4駅 
※両毛線
           (下仁田方面)上州富岡駅→13駅 
※上信電鉄

●駅名標周辺

ここへの初訪問は2005年11月の事になりますが、2008年再訪や2011年の再訪時のものを混在で載せていくので、写真の旅に年代を付します。概ねその当時でも現在でも代わってはいないと思いますが…

ちなみにこれは2008年の駅名標を中心としたホームの様子です。新幹線のですが。

JRと上信電鉄と同居する形の駅ですが、JRでは乗入れ路線を含め大変多くの路線の電車が走っています。JRの所属路線としては、上越新幹線をはじめとして在来線では、高崎線・上越線・信越本線に属していますが、これ以外にも吾妻線・両毛線・八高線の列車が乗り入れしています。という訳で、非常に多くの路線が乗り入れる北関東の大動脈的存在で、在来線では3面7線もの広大なホームを持つ駅となっています。

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●ダルマ

高崎といえばダルマ、生産量は日本一ですが、このような赤い物以外にも黒いダルマが置かれていたり、作り物では色んな色のダルマがあります。ちなみに2005年初訪問当時のものです。

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●列車(2011年)

2枚ありますが、上の方は信越本線のクモハ107系というものです。信越本線は新幹線の開業によって途切れ途切れとなってしまい、当駅から安中市の横川という駅までの約30km程で、その先は篠ノ井-長野、直江津-新潟、という区間で途切れながら構成されています。

下の方は特急「草津」号です。上野駅から草津温泉の方まで乗り入れる特急列車なのですが…1日2,3本ほどしかないのですね。

JRの在来線のホームの様子はこれくらいです。

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●上信電鉄入口(2011年)

上信電鉄の写真は比較的撮っています。これは利用した事に他ならないもので、新幹線と上信電鉄は利用しましたが、在来線でこの駅を利用した事が皆無につき、このあたりで写真の量や内容に差がついています。

JRと同じ駅舎内に0番線としてホームが存在しており、当駅を始点にしています。

改札はこのように別になっていて、広大なホームの片隅にちょこんとある感じです。が、この翌年2012年に駅の西口駅前ターミナルに専用の出入口がつくられた、とありました。

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●頭端式ホーム

ここからしばらく、2011年当時の上信電鉄のホームの様子です。

1面1線のこのようなホームがあり、入口には銀河鉄道999のおなじみ車掌さんの顔抜き看板がありました。

この当時は翌年の2012年まで「銀河鉄道999号」なるラッピング電車が運行されていたそうで、これはその象徴だったのでしょうか。好評だったようですが、版権等の関係で終了になってしまったようですね。

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●上信電鉄ホーム壁面

「富岡製糸場を世界遺産に」というフレーズに時代を感じます。

今や世界遺産に認定されましたが、この3年後に認定される事となります。

狭いながらも色々とユニークにホームです。

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●沿線案内

高崎市に始まって、甘楽町、そして世界遺産のある富岡市、ネギで有名な下仁田町へと続いていきます。

とにかく壁面の有効活用といわんばかりに、いろんなものが所狭しとベタベタ貼られているこの感じが妙に好きです。

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●上信 駅名標

たいへん味のある駅名標です。

平仮名と感じがほぼ同じながら、平仮名の方が太くやややインパクトがある、こういう文字バランスの駅名標というのもなかなかないのではないでしょうか、とにかくインパクトは十分です。

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●上信電鉄 電車

前面にTogendoとあって何?と思いましたが、「桃源堂」という会社の広告車両、という事です。ラッピングではなくペイントされているのだそうです。

桃源堂というのは、沿線の富岡市にある教育用品の総合商社だそうです。

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●駅前通り

西口駅前通りです。

新幹線のある側が東口で、在来線のある側が西口、大体こんな感じです。

どちらかというとメイン側なのもこの西口かな、というところです。

2006年、今から10年前の様子ですが、大きくは変わっていないと思います。

この写真から最後まで、すべて2006年当時のものです。

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●通路周り

左側が高崎駅で、2F部分から通路がこのように伸びています。下は駅前広場でバスやタクシーが行き来しています。

右側は高崎アーバンホテルが駅と通路で繋がっていて、見えていませんが左端は向こう側へやはりこの通路でアパホテルと繋がっています。

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●高崎駅 駅舎

駅ビルとなっている大型駅舎はさすが群馬県の交通を代表する存在、という風格があります。

群馬県ではこれほどの規模の駅はなく、県都である前橋駅は2F建ての高架駅舎で、ここまでの規模ではないしで、駅の大きさもですが、高崎は新幹線駅もあり、また利用者数も前橋を上回っています。高崎へ来てから前橋へ行くと、どっちが県都やら分からなくなってしまいます。

一番下の写真では「34万人の新高崎市…」とありますが、この前月の2006年の10月に当時人口約2万の榛名町を編入したばかりで、この事が反映されていると思われます。同年1月には3町1村を編入していますが…。その後2009年に当時人口2.5万ほどの吉井町を編入して現在の37万都市の規模となっています。

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2016年9月21日 (水)

上毛電鉄/中央前橋駅 (群馬県前橋市)

群馬県前橋市の上毛電鉄/中央前橋(ちゅうおう・まえばし)です。

前橋市ではJR前橋駅 をupしましたが、今回は上毛電鉄にあって前橋を名のる当駅をお届けします。

上毛電鉄/中央前橋
【路線】上毛電鉄上毛線(前橋-西桐生間)
【開業】1928年11月10
【訪問】2016年5
【1日あたり平均乗降車人員】 1,712人/日 (2013年)
【近隣の主要駅(西桐生方面)赤城駅→17駅

ホーム

まず、この駅に寄ったのはJR前橋駅から歩いていた途中で出くわしたもので、前橋駅に来て駅前案内図を見るまで、この駅の存在を知りませんでした。JR前橋駅から約1km、歩いて行ける距離にこんな駅があるとは…!全くもって知りませんでした。

それで前橋駅から歩いてきて、この駅を見つけ、駅舎に入ってそこからこのホームをガラス越しに見ていました。改札もあり駅員配置駅でもあるので、スルーで入って行けず、電車利用する気もなかった(別に用があった)ので、こうやって中の様子を見ていたのでした。

広々としたホームで頭端式の3線3面、つまりすべてここで行き止まり形式の3面のホームがあります。上毛電鉄上毛線の始発駅で、同電鉄はこの路線のみ存在しています。ちなみに終着は西桐生という駅で、JR桐生駅から歩いてすぐの所に向かい合うようにしてあります。

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●ホーム(外から)

上の写真は駅に入って窓越しにホームを見たものですが、こちらは外から覗き入るようにしてのカットです。

今使われている車両は京王電鉄からの譲り受けだそうです。電車の色が独特で、前面の上半分のみが赤という車体でした。がしかし、調べてみるとこれはひとつのパターンに過ぎず、この型の車両ばかりではありますが、赤・ピンク・緑・青・黄色など7種の色が各車体に施され、 「レインボーカラー」と呼ばれているそうです。

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●ダルマ

上毛らしさを象徴する存在、として欠かせないのがこのダルマ。駅の構内の一角にありました。これも窓越しにホームが見える位置です。

何が実現されれば、この片目には墨が入るのでしょうかね??

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●駅舎内スペース

駅の待合スペースです。ここもまたガラス越しにホームが見える形です。

3辺に木製のしっかりした椅子が設置され、ホンワカした雰囲気に包まれている感じがしました。衝立にあたる部分にはポスターがいくつも貼られていますが、右端のは「群馬」として、おもてなしのポスターです。地元の有名人として中山秀征さんと井森美幸さんのコンビ、「秘密のケンミンSHOW」でも見た事があります。

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●北口入口

入ったところにコインロッカーがありました。

平日は23:00、日祝日は22:30を過ぎると、通り抜け不可になるそうです。

ダイヤ的にはほぼ30分に1本、主要な駅として赤城駅へは40分弱(610円) 、終着の西桐生駅へは50分強(670円)で着きます。

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●上毛電鉄の自販機

駅の入り口前に置かれていたものですが、全て上毛電鉄なる記載がされており、うち2台は「ぐんまちゃん」のイラストも入っています。

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●北口出たところ

なんともいえない歴史感に満ち溢れた?!こんな建物に出会います。

北口に限らず、どこから見てもインパクト大の建物ですね。それこそ昭和感満載です。

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●中央前橋駅 駅舎

「中央前橋」などと堂々としたネーミングで、前橋の中心らしい大きな拠点駅と思いきや、こんなにこじんまりとした駅であるなどと誰が想像したでしょうか?

平屋建ての駅舎から1文字ずつ飛び出してくる感じのレトロチックさ溢れる駅舎ですね。昔はこんな感じの駅名表示よく見た気がします。

ちなみに手前のスペースは駅前広場です。バスのレーン表示もあります。JR前橋駅行きのものもあります。JRの方からここへのシャトルバスが15分おきに出ているそうです。

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2016年3月10日 (木)

群馬/沼田 春なのに…白い山影

群馬県沼田市、JR沼田駅からの歩き旅です。

(2011年4月当時)

●横断幕

沼田駅の駅前広場にあった幕です。

大地 田園空間都市 沼田」とあります。

この時、正確には2ヶ月ほど後ですが「群馬デスティネーションキャーベーン」というのが開催される、という状態です。右端には「ぐんまちゃん」のイラストもバッチリ載っておりました。

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●駅前通りを往く!

普通に商店街な雰囲気の駅前通りで、向こうへ行くにつれ上り坂になっていきます。

駅前らしく銀行などもありますが、商店群に埋もれてる感がありました。

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●鳥居そして鳥居

ここには榛名(はるな)神社というのがあり、そこへ続く道として設けられているであろう鳥居です。

榛名山などが有名ですが、最初この字が読めず、「ぼうな?」だとか思っていました。

この字が読めるようになったキッカケは、昭和50年代後半だったと思いますが、大相撲に榛名富士という力士が主に十両で活躍していた時期があり、それで覚えました。

調べてみたら彼はこの沼田の出身だそうです。十両に14場所在籍し、優勝同点の成績も残し、十両二枚目まで上がりましたが、残念ながら幕内在位は叶いませんでした。とにかく大きな力士であった事だけは覚えていて、当時で160kgというとかなり巨漢の部類に入ります。あの横綱・大鵬の内弟子として入門し、大鵬が引退した場所が初土俵、以後大鵬に純粋に育てられた初期の力士でもありました。

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●白壁

の堂々とした建物も目に飛び込んできました。

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●下町第一児童公園

「沼田市都市公園等一覧」にある17の公園のうちのひとつです。下町は普通に「したまち」と読むようです。

第一とありますが、同名の第二公園はない模様です(笑)

昭和54年にできたとあり、そういうのが分かるのもまた素晴らしいですよね。古い公園ってなかなかいつできたか記録がない所とかあったりするので。

面積は7,032㎡という事で、80数m四方な感じでしょうか?桜も植えられていて、この時期は4月末でさすがに遅かったですが、もう少し早く来ていれば、かなり見事な風景に出会えたかも、というところでした。

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●白の山影

駅前の通りを左折して直進する中のカットです。

向こうには4月末にもかかわらず、白い雪を積んだ山がそびえたっていました。

この向こうは、上毛高原とか水上とか観光名所づくしです。残念ながらそういうところへ行けておらず、今度この辺に来たら何はさておき行っておきたいものです。

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●北清水町

というバス停です。

沼田駅から200mと離れておらず、沼田駅バス停から北西へ進んで隣の停留所にあたります。

中途半端に歩き、出くわしたものも中途半端に終わってしまいました。街歩きしていても沼田らしいものがあんまり見受けられず、もっとちゃんと歩くべきか、予め名所らしいところをサーチして遠くても行くべきか?(上毛高原や水上などは市外)とも思いました。

もう少し足を伸ばせば沼田城で地味ながらそれなりのものには出会えたのですが、時間があまりなかったのもありました。

ただ、駅を訪ねるだけで十分感じられたので、それはそれで良かったのかもしれません。

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2016年2月28日 (日)

群馬/みどり 岩宿メモリー

群馬県みどり市、JR岩宿駅からの歩き旅です。

(2012年10月当時)

●史跡めぐりコース

として岩宿駅前に大きな看板が立てられていました。

その名の通り、岩宿遺跡はあまりにも有名ですが、他に岡登(おかのぼり)用水というものが紹介されています。江戸初期にこの地を治めていた幕府の代官・岡上景能(おかのぼり・かげよし)という人物が開削したとあります。

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●昭和の史跡?

駅の真ん前で早速史跡に巡りあいました(笑)

いかにも昭和遺産!なこれらの自販機、わざと?というぐらい堂々と残されていました。いいですね、こういうのはずっとそのまま置いといてほしいものです。

このひとつの自販機あたりの種類の少なさが昭和ですよね。

ジュース自販機のサビ具合もさることながら、たばこの自販機の上は屋根があったようですが、ビリビリに破けて骨組みが剥き出しになり、時の流れを感じさせます。

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●笠懸マンホール

この岩宿の現在の自治体名は「みどり市」ですが、2006年までは「笠懸(かさかけ)町」という人口27,000程の郡部でした。平成の大合併で、群馬県で新しくできた唯一の市が、みどり市です。

これは郡部時代のものと思われますが、疾走する馬に乗って矢を射る伝統行事の「笠懸」が全面的に描かれています。源頼朝がこの地でこの笠懸を行った事に由来するといいます。

同様のものとして「流鏑馬(やぶさめ)」がよくいわれますが、流鏑馬と比較して標的が多彩で、難易度も高いが、格式としては低く、より実践的なもの、とされているようです。

馬の顔が正面から書かれているのが、なんかかわいらしいですね(笑)

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●笠懸郵便局

岩宿駅から直進して程無く「岩宿駅前」の交差点があり、これを左折して程無い地点にこの「笠懸郵便局」があります。

小さい局ですが、市内の本局的な所といえば、旧所属自治体の事なる大間々(おおまま)郵便局(旧・大間々町)のようです。

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●音…

上の写真の道を少し歩いて右へ曲がって、しばらく歩いて行く途中にペット店?がありましたが、そこでの動物の鳴き声が凄まじかったです。辺りがそれほど密集している訳ではないとはいえ、横を通り掛かるだけで相当なものでした…。

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●学童安全

先ほどの自販機といい、ここは色々古いものがそのまま残っていて嬉しい、そんな覚えも少なからずあり、ここみどり市の歩き旅の思い出の多くを占めています。タイトルの「岩宿メモリー」は、元アイドルにして現相撲部屋の女将となった高田みづえさんの末期の曲「原宿メモリー」をもじったもので、先日彼女が「徹子の部屋」に出ていたと聞き、タイトルにて拝借致しましたsmile

脱線しましたが、看板の下部に店名があり、もうないだろうと調べたところ、今もあるようです。これまた旧・大間町内のようで。

しかしいつも思うのが、この手の看板っていつ頃つくられたのか??という疑問です。

いくら調べても、その辺りの回答になるようなものが出てきません。昭和30年代なのか40年代なのか…、50年代の絵センスではないと思うのですが、その頃でもこんな絵でつくられていたのか…本当に謎です。車の普及度と絵センスからすると昭和40年代が妥当なのでしょうか…。

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●岩宿遺跡ごあんない

岩宿駅から何度か曲がって1kmあまりになるでしょうか、駐車場への標識や地図の案内が現われてきました。

みどり市ではまず岩宿駅に行って、岩宿遺跡を見れるなら見ようと思い、ここを目指して歩いてきたのでした。

岩宿遺跡は、琴引山と稲荷山という2つの山と三つ又になる形で存在しています。

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●岩宿遺跡A地点

この場所は、日本で初めて、関東ローム層から石器が出土したという記念すべき場所です、という旨が看板の冒頭に書かれていました。

この遺跡が発見されるまでは、日本の文化は縄文期が最古と思われていたのが、旧石器時代が日本に存在した事が証明され、この発見により日本文化の始まりが1万年以上も遡る事となった訳です。ここで遺跡が発見されなかったら「はじめ人間ギャートルズ」もなかったかもしれません(笑)

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●岩宿ドーム

遺跡の案内板の説明に、岩宿ドームとあったので、「有名な遺跡があるからって、そんなすごい建物(ドーム球場的なイメージ)をつくったのか?」と思ったのですが、これが岩宿ドームでした。A地点とは道を隔ててすぐ向かいにあります。

岩宿遺跡の発見で有名な相沢忠洋氏の最初に発見した地層(B地点)の風化を防ぐためと、史跡の活用のためにつくられたといいます。

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●相沢忠洋氏像

日本の歴史を一万年分広げた張本人、といっても良いぐらいの人物です。

1940年代後半、独学で考古研究を進め、関東ローム層から石器を発見したとして考古学者を訪ねて回るも、まともに取り合ってもらえなかったといいます。関東ローム層の年代は激しい噴火の為、人間が生活できる環境になかったはずである、という考えがそれまでの常識であったようで。

その後大学の助教授等が石器を見せられ、その重大性に気づき、調査に乗り出し、日本の歴史がグッと遡った事となりました。しかし彼の存在自体は、学会や報道でほとんど取り上げられず、むしろ批判の対象になったり、色々と揶揄される事も多かったといい、素晴らしい発見をしたにもかかわらず、長い間苦汁をなめた、そんな感じを見受けます。

それでも考古の研究を続け、岩宿の発見から10年以上を経た1960年代に入って、群馬県からの表彰や吉川英治賞を受賞するなど、ようやく彼の功績が認められるようになったといいます。

1989年に亡くなり、笠懸村から名誉村民第一号として表彰されました。当時の笠懸はまだ「村」で翌1990年に「町」になり(つまり名誉「村」民としても1年だけ?)、16年後に合併でみどり市となります。ここがつい1990年まで村であった事にも驚きました。

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●岩宿人の広場

緑いっぱいの広大な敷地の中に、世界各国の旧石器時代の復元住居が点在したスポットです。

この入口からは、緑のテントがあるだけでなんにもないように見えるのですが、とりあえず奥へと進んで行きました。

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●2万年前の住居跡

ここのものではなく、大阪府藤井寺市の「はさみ山遺跡」という所の復元住居だそうですが、ここが岩宿人の広場である事から、見合うものとしてつくったのでしょうか。

下側が中に入ってみてのカットです。

6×5メートルの半円で、屋根は動物の皮などで覆っていた、とありました。

はさみ山遺跡自体は、1986年に発見されたとありますが、当時この藤井寺を本拠地としていたプロ野球「近鉄バファローズ」の捕手であった梨田昌孝氏(今季より楽天監督)の自宅建設予定地であったそうです。

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●マンモス骨の住居

こちらはウクライナのメジリチ遺跡という所のものですが、約1万5千年前の住居跡で、なんとマンモスの骨でつくったものとありました。この遺跡でそのような住居跡が5軒見つかったそうです。

この辺りでは寒い冬を過ごす洞窟が少ない為に考え出された、といわれていますが、この家を建てるのに100頭近くのマンモスの骨が必要という事で、そんなにもマンモスを倒していたのか?と思わされたものでした。この住居も屋根は動物の皮などで葺かれていたとされています。

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●おいしい焼まんじゅう

遺跡エリアの近辺のちょっとした飲食コーナーらしき所です。

何気なく「焼まんじゅう」の文字を受け入れてしまいましたが、これ群馬県の郷土食で、かつて「秘密のケンミンSHOW」でも取り上げられていたのを覚えています。この時は朝早かったのでまだ開いていませんでしたが、食べたかったです…

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岩宿遺跡あたり、そんなに観光客で賑わうという感じでもありませんでしたが、色々と吸収して楽しむ事ができる場所ではないかと、思います。日本の歴史が広がった街、と思って見てみては…と思いました。

2016年1月30日 (土)

JR前橋駅 (群馬県前橋市)

群馬県前橋市のJR前橋(まえばし)です

前橋市は、群馬県の中南部に位置し、人口は334,790人(2015.12.1現在)で、群馬県の県庁所在地です。県庁所在地でありながら、人口規模では高崎市が県下1位でこれに続く形となっており、これには高崎市の合併も関係していて、2006年の榛名町合併の時に上回ったといいます。

群馬県では前橋・高崎は相並び立つ形とされ、高崎が交通の中心地であるのに対して、前橋は行政・文化の中心となっています。

-JR前橋駅-
【路線】
JR両毛線(小山-新前橋間)
【開業】1889年11月20日
【訪問】初訪問-2000年2
【1日あたり平均乗車人員】 10,035人/日 (2014年) 
【近隣の主要駅 (小山方面)伊勢崎駅→3駅 
           (新前橋方面)新前橋駅→隣駅、高崎駅→4駅
 

●駅名標周辺

ここへ初めて来たのは2000年2月と実に16年も前の事ですが、今回記事の写真は2011年4月再訪時のものをお送りいたします。

駅乗車人員は1日平均10,000人強ですが、首都圏の県庁所在地駅では最少で、群馬県内では2位であるものの、首位の高崎駅の1/3程度で、新幹線が停車し交通の要衝である高崎との差が出ています。

また、前橋は駅周辺の空洞化が深刻で公共交通機関利用者の減少に歯止めがかからないという背景もあるようです。

駅名標はちょっとかわいいタイプのが吊り下がっていました。

「のりかえ」として記されている《関越交通》はバス路線で、《上毛電鉄》は鉄道路線ですが、上毛の方は最寄りの「中央前橋」駅まで約1kmの距離があり、1時間にほぼ2本出ているシャトルバスでの移動手段があり、これにて接続?という形になっているようです。

JRとしては他路線に分岐しないので、高崎よりはやはり不利になってしまいます。

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●TONTONのまち

駅構内に置かれていたものです。

「TONTONのまちまえばし?」と思って調べたら、前橋には豚肉料理店が数多くあり、それらのお店だけを集めたマップもあるのだとか。豚肉好きの方にはたまらない街ですね。

なんでも、日本初の器械製糸工場がここ前橋につくられ、昭和初期までは「糸の街」として有名であったという前橋、景気も良く色々な西洋料理店が軒を並べていったという事で、今もその名残で豚肉料理店が多いといいます。

また赤城山麓での養豚も盛んで、豚肉産出量も全国トップクラスで豚のブランド銘柄も多く、まさに豚肉王国、とありました。豚肉を多く消費するところは長生き傾向にある、と沖縄を引合いに出していわれますが、この辺りではどうなのでしょう??

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●駅前通り

駅方向へ向かってのカットで、突き当りが前橋駅という状態です。

下側の写真は、ほぼ同じ地点での逆向きのもので、駅側から向かってのカットになります。

駅から建物群の様子が分かるカットを撮れずに終わってしまいましたが、並木道の印象が強かった通りでした。

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●旅館も

この時、前橋駅前のホテルに宿泊していて、朝から前橋駅に向かうところでしたが、その途中にこのような旅館がありました。

まだまだ現役のビジネス旅館でHPもありました。1泊2食で6,000円にもならず、24時間出入り自由、温泉OKというリーズナブルかつコンビニエンスな?お宿でした。泊まりませんでしたが、たまにはこんな旅館も良いかな、と思いました。

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●前橋駅へ

道路を挟んでの前橋駅の姿です。

新幹線は高崎駅に譲る格好となりましたが、さすがに県庁所在地の中心駅で、新幹線停車駅のような佇まいです。

しかし向こうには東横イン以外の建物で駅を越える高さのものが、この限りでは見えない状態でした。

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●前橋駅 駅舎

アップで見るとこのような感じで、駅前広場の外周の一角、通路と接する部分が庇のついた柱で覆われている格好になっています。

高崎のような駅ビル的な感じではなく、平屋の上に高架ホームが乗っている感じでした。

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●前橋駅駅舎 in2000

2000年2月初訪問時の前橋駅の様子、今から16年前です。

上の写真とほぼ同じカットですが、「JR前橋駅」の看板がまだついていない状態でした。

駅前駐車場や駅前広場の車が行き来する周辺の整備具合も様子が違っています。

あとやはり、昔の駅舎には看板とか幕とかが掛かっていて、今はそえういうものは殆どない、というのもどこにも共通してありますね。 「とくとくきっぷ」とか以前は大々的に看板表示されていましたが、今ではすっかり見かけなくなりました。ネット社会がこういったものを変えたのでしょうか。

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2015年6月28日 (日)

東武/太田駅 (群馬県太田市)

群馬県太田市の東武/太田(おおた)です。

太田市は群馬県の南東部に位置し、人口は219,584人(2015.5.1現在)で、富士重工業の企業城下町として知られ、北関東工業地域の一角をなす重要な都市です。また全国で唯一の救命ライダーの居る都市でもあり、救急車よりも機動性が高く注目されているようです。

-東武/太田駅
【路線】東武伊勢崎線(東武動物公園-伊勢崎間)
      〃桐生線(太田-赤城間)
      〃小泉線(太田-東小泉間)
【開業】1909年2月17
【訪問】2015年5
【1日あたり平均乗車人員】 10,819人/日 (2014年) 
【近隣の主要駅(東武動物公園方面) 足利市駅→3駅  
           
(伊勢崎方面) 新伊勢崎駅→6駅 
           (赤城方面) 新桐生駅→5駅 
           (東小泉方面) 東小泉駅→2駅 

●駅名標周辺

東武の大きな駅名標です。太田市には2002年に初めて行ったのですが、当時の記録が一切なく、またこの駅へも寄ってなかったので、先月東京に行った際に寄り道して、やっと記録として残せました。

よって今回記事でお送りする写真は全て2015年5月当時のものです。

「東武」/太田駅として御紹介となる訳ですが、太田市は人口20万人以上の群馬第3の都市でありながらJR駅がない状態です。このケースは沖縄を除いては全国7市あるそうで、太田以外には以下の市が該当します。

春日部(埼玉)/つくば(茨城)/大和、厚木(神奈川)、豊田(愛知)、豊中(大阪)

また、混同しやすいのですが、島根県にあるのは「大田市」駅で、「おお"だ"」と濁り、また「"大"田」と「、」が入らない漢字表記となっています。

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●ホーム

3面6線もある広大なホームを有し、群馬県内の東武駅では2位の利用者数を誇るキー駅としての役割を果たしています。東武だけで3路線、伊勢崎線にありながら桐生線の始発駅であり、また小泉線にも属しています。

ここへアクセスした時ですが、東京都内の北千住駅から特急「りょうもう」号に乗ってきました。北千住自体は東武に属していませんが、「りょうもう」号が浅草駅から乗り入れています。北千住から約1時間でこの太田に着くのですが、東京からのアクセスとなると1時間半あまりは必要となり、意外に時間がかかります。

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●待合室あたり

喫煙所ではなく、禁煙の待合室です。駅の喫煙所も端に追いやられたりしていますが、タバコを巡ってはここ10数年でガラリと変わったものですね。

広いホームで、この真ん中は完全に屋根で覆われていて雨もかからない仕様です。また屋根の真ん中が尖がっているのがデザイン的にアクセントになっています。

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●新田義貞公像

北口の駅前広場に建っている銅像です。

1988(昭和63)年に義貞の没後350年と太田市制施行40周年を記念して建てられたそうです。

義貞の霊は現在市内の金龍寺・新田神社に祀られており、また出生も確定ではなく一説ではありますが、現在の太田市内とされていて、そういった縁でこの地に建てられているようです。鎌倉時代から室町時代へと、時代のステージが移りゆく時期に活躍し、壮絶に果てた武将として有名ですが、地元に及ぼしている影響はどの程度のものでしょうか?などと考えてしまいました。

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●太田駅 駅舎(北口)

北口の駅舎です。

広い駅前広場にタクシーがロータリーの色んな所で停まっていました。

高架の部分がガラス張り面が波打つ形になっています。

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●北口駅前

左側に駅の高架が覗いて見えますが北口の駅前はこのような感じです。

正直、人口20万を超える都市の中心駅の駅前の姿かな?と思ったのが第一印象でした。寂れた感じがものすごく滲み出ていて、左向こうなど駅の真ん前に関わらず、全くの更地でした。

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●南口駅前

南口へ出てきました。

真ん前にドンキホーテがあります。

大きなビルが立ち並んでいたり、金融機関もありますが、やはりどこか都会の駅前、と言いきれない部分といいますか、中途半端な印象を持たされる、そんな印象でした。

昔は栄えていて廃れていったのか、そんな雰囲気も感じますが、そればかりとも言い切れない部分があり、とても不思議な雰囲気がこの街にはありました。

あと、この通路の上に中途半端につくられている屋根部分のヘリには、ミストのようなものが出ていました。冷たいミストが出てくるものではなかった記憶がありますが、この日は5月ながらすごく暑くて、気分的には少々涼しく感じられました。

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●太田駅 駅舎(南口)

駅舎自体は北南は表裏でさほど変わりませんが、北口の方が若干豪華に見えるかな、という感じでした。

駅前広場はバスが停まっていて、北口もバスが行き来していますが、タクシーは北口の方が多い様子でした。というより、南口でタクシーを見かけた覚えがなかったのですが…

で、南口の駅をもっと引いて見ると、この通り広い草むらが…。工事中の様子も窺えますが、これまた寂れているのかな?と思わされました。必ずしもこの辺りが市の中心部ではないのかな?とも思いましたが、それなりの施設はあるので、そんな事もないかと…。

結局中心部がドーナツ化現象で、郊外が発展した形の都市なのかな?とか思いながら見ていましたが、とにかく不思議な印象の強かった、この太田駅前でした。

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