五十嵐淳子さん急逝
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旅行の記事は他のブログに譲るとして今回は、五十嵐淳子さん急逝について綴りたいと思います。
中村雅俊の妻・五十嵐淳子さん急死 清純グラビアから「教師びんびん物語」田原俊彦の恩師役 - おくやみ : 日刊スポーツ
五十嵐淳子さんといえば、中村雅俊さんの夫人として有名、個人的にはこの感覚ですが、現役時代を知っている方からすると、「かわいかった」とか「アイドル」「美人女優」のイメージなのでしょうか。
自分が知ったのは、漠然としていますが昭和62年頃かと思います。偶々知ったという感じで、雅俊さんの夫人がかつて女優であり、共演を機に結婚につながった、というような事でした。
その後、田原俊彦さん主演のドラマ「教師びんびん物語」で小料理屋の女将?にしてトシちゃん演じる主人公の恩師役でスポット的に出て、初めてリアルにそのお姿を見ました。この時が結婚後の復帰だったようで、現役時代はアイドルとしてデビューしながら一度引退して、その後映画主演で復帰した、とありました。その辺は全然知らなかったですね。
なので、再放送や懐かしTVの関係でしか「現役時代」の映像を見た事がありませんでしたが、ドラマのゲスト出演で2つ見た事がありました。
1.「俺たちの勲章」
これは雅俊さんとの結婚につながったゲスト出演になったというものですが、雅俊さんの一目ぼれで、当初はなかなか言い出せず、ドラマのダブル主演として共演した松田優作さんが「早く声掛けろよ」的な事でもどかしがっていたといいます。
後に1989(平成元)年に放送された「テレビ探偵団」で、当時の話をしていて、劇中で雅俊さんが傘もなく雨に降られてずぶ濡れになったところを、淳子さん演じる女性が、そっと傘を差し出し、さらに何か熱いものを差し出し、雅俊さんが触ると「なんじゃこりゃ」という、かつて優作さんが言っていたセリフが出てきました(偶々でしょうが…)が、「鯛焼きよ、焼き立てなの!」と微笑む淳子さんのシーンがありました。
この時に、雅俊さんが電話して誘ったら「来る」と言われ、心の中で「それはもう…GoGo!」となったそうです。
2.「太陽にほえろ」
1.と同じ1975年放送の「刑事狂乱」という回にゲスト出演していました。
セミレギュラーとして年に1,2度出てくる藤岡琢也さん演じる他の署の刑事(鮫さん)の出てくる回で、ある男に強請られた若い女性役を演じ、この時の強請り男が山口暁さん(前年ライダーマンを演じていた方)で、その男に追い詰められたこの女性は、なんとアーチェリーの矢で射て殺してしまいます。
その強請りのネタは、彼女が付き合っていた男性と生き写しのようなテキサス刑事(勝野洋さん)と出会い、交際を重ねるようになり、プレイボーイのこの強請り男がテキサス刑事に会うと言ってきて「やめて」と彼女は言いますが、聞き入れないため殺害におよびました。彼女がかつて付き合っていた男性はテキサス刑事にそっくりな青木刑事で、これは勝野さんが新人刑事として登場する前のテスト出演で演じていた刑事役で、鮫さんのかつての部下でしたが、その時の映像がオーバーラップで出てくるという、後付けで伏線を張った形になっていました。
将来のある若い女の子がダニみたいな男を殺したという事で、鮫さんは自身が殺したと身代わりになりますが、結局は真相が判明し、この件を機に鮫さんが刑事を辞職するという回にもなりました。
かわいいのもそうですが、薄幸なイメージがすごくあり、そういう芝居が似合う方だったなと感じました。
という事で2件見たのですが、もうひとつ、まだ観れておらず観たいものがあります。
映画「凍河」です。
1976年公開で、中村雅俊さんが主演し、まさに婚前という状況だったのかもしれませんが、映画のポスターを見る限り、見るからに荒涼とした雰囲気が窺えます。
この映画は夫婦となる2人のダブル主演という事だけでなく、あまり知られていないかもしれませんが、石原裕次郎さんが最後に出演した映画でもあります。裕次郎さんが主役ではない、特別出演扱いで「トメ」の形で出演していたものです。
裕次郎さんはテレビドラマに進出した1972年以降は映画出演は激減し、この時は1973年以来3年ぶりの映画出演となり、「太陽にほえろ!」だけでなく、自身の石原プロ制作の「大都会・闘いの日々」もスタートしており、当時斜陽化して久しい映画出演などもうないだろう、という状況での出演は更に「プレミアもの」だったと思います。
結婚時は雅俊さんが「仕事がなくなるぞ」といわれるなど周囲の猛反対にあいながら、その後は芸能界を代表する「おしどり夫婦」として知られ、家族の不祥事があっても乗り越えられてきました。
急病によりお亡くなりになったという事で、今年初めに「50年目の俺たちの旅」で75歳にして主演し、初の監督も果たしながら、もうすぐ金婚式という状況での突然の訃報は…、あまりに急すぎてついていけないと思いますが、ただただ御冥福をお祈りするばかりです。



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